576『再会の道標』

1.再会の道標(1)

イタチの姿が目に入ったサスケ。
すぐさまそれを確かめるように後を追います。
幼き頃の優しく強かった兄。
そして残酷で、憎しみを抱き戦った兄。
最期の瞬間の微笑み――
脳裏に焼き付けられた兄の姿。
忘れられるわけがありません。
それらが次々とよみがえってくるのです。

「待て!!」

今は亡きはずの兄の姿。
誰かが冒涜しているのか――
サスケはその兄らしき者に呼び掛けます。
後ろを流し目で振り返るイタチ。
弟がそこにいるのは分かっていたのでしょう。
そこに再会の喜びに浸るような表情はありません。
膠<にべ>もなく、まるで誰も居ないかのように進みます。

「…イタチなのか!?」

弟の呼び掛けに兄は答えません。

「待てって…言ってんだろうが!!」

サスケは須佐能乎の手で兄らしき者を捕えようとします。
力づくでも確かめたい衝動に駆られた行動です。

「この須佐能乎…。
 やはり…お前はイタチ…!」

しかしその須佐能乎を同じく須佐能乎で打ち払ってきました。
サスケは確信します。今、自分の前に現れたのは、
イタチに他ならない、と。

「…まさか、お前までコレを使えるようになっているとはな…。」

やれやれといった様子で、ようやく口を開いたイタチ。
最初にすれ違ったとき、もちろんサスケには気づいていたでしょう。
しかしイタチは何事もなかったように、素通りしようとしました――

「なぜアンタがここに居る!?
 死んだハズだ!」

サスケの問いかけに、イタチは淡白に答えます。

「カブトの術…。今のオレは穢土転生だ。
 今は止まっていられない…。
 やらなければいけないことがある。」

弟、サスケより優先すべきことがある――と。

「そんなの知るか!!
 アンタがこうしてオレの目の前に居る…。
 聞きたい事が山のようにある!」

自分の存在を無視するかのように進んでいくイタチに、
当然サスケが納得できる訳もありません。
しつこく後を追っていきます。

「後にしろ…。
 と言っても聞かないか…」

と言ってイタチは肩をすくめます。

「アンタが言ったんだ!
 オレと同じ眼を持ってオレの前に来いと!
 ならなぜ逃げる!?
 オレに嘘をついた後ろめたさか!?
 それとも真実を語る勇気が無いからか!?」

強い語気で問い詰めるサスケ。
しかしイタチは何も答えません。

「オレはもう…アンタの全てを知ってる…!
 だからオレは木ノ葉を潰すと決めたんだ!」

守りたかった木ノ葉。それを潰そうとする弟。
兄は再び口を開きます。

「お前と戦った時言ったハズだ…。
 …人は思い込みの中で生きている…、
 そうは考えられないかと。
 その現実は幻かもしれないと。
 オレの真実が本当に…。」

サスケを惑わしている自分の真実――
それは夢幻かもしれない。
今一度、冷静になるように呼び掛けてみたところで、

「オレはもう幻の中には居ない!
 アンタの幻術を見抜ける!
 これはアンタの眼だ!!」

サスケを騙すことはできない。
自分の亡骸から移植した眼を携えてまで、
憎しみの中をさまよう弟――
そんなサスケをもう一度イタチは見ます。

「アンタの苦しみも覚悟も、サスケは理解してるハズだ!
 でもサスケはアンタの意志を受け継ぐどころか、
 木ノ葉を潰す気でいる!
 それは大好きだった兄キを苦しめた里への
 弔い合戦のつもりなんだ。」

ナルトの言葉が過ります。
サスケは自分の苦しみや悲しみを理解していると――
しかし、いまある弟は自分が望んでいたあるべき姿ではなかった。
ついに思いの丈を直接語るのです。

2.再会の道標(2)

「強気な物言いは変わってないが…
 お前の後のことは人から聞いた…。
 ずいぶん変わったと…。」

兄のその言葉に反駁する弟。

「違う!!
 アンタがかつてオレの全てを変えたんだ!
 オレは死ぬハズだった!
 両親と一緒に、アンタに殺されるハズだった!
 なのに……。」

一族事件のあの日。自分は死ぬはずだった。
確執、差別、苦悩。それらすべてを一人で背負った兄の手によって。
でも、生かされている――
その意味はいったい何なのか。

「なぜオレだったんだ!?
 なぜオレだけ残した!?」

大きな苦しみを背負わされ、なぜ自分だけが生かされたのか。

「なぜオレが…!
 父や母と何が違う!?
 なぜオレばかりが…。」

大好きだった父や母は殺された――
でも自分は生かされた――
いったいそこに何の差があったというのか――
サスケの訴えかけるような声は、
イタチとはいえ、心を押しつぶされかねない重たいものだったでしょう。
イタチは答えます。

「お前は当時、何も知らなかった…。
 うちは一族の愚行も何も…。子供だった。」

うちは一族の画策していたこと――
もし自分が手を下さなければ、
里にはもっと多くの血が流れるだろうことは予想できていたのです。
一族と里――どちらを取るか、
誰よりも平和を願っていたイタチの決断に、最後、迷いはなかった。
でも何も知らなかった純真無垢の弟だけは、
どうしても手にかけることができなかった。
何色にも染まっていない――
できれば自分の望む平和の中を生きていって欲しかった――

「そしてお前のためだけではない…。
 オレはうちはであるお前の手で、
 いつか裁かれたかったのだと思う。

 そのためにお前の中の憎しみを利用した…。
 だから失敗したんだ。」

父や母を手にかけてしまった事実。
サスケに重荷を背負わせたこと。
自分もうちは一族であったし、
うちはであることの全てを捨てたわけではなかった――
そのことに対する悔恨や懺悔の想い――
他人には悟られずともイタチの心の奥深くで、
イタチをじわじわと苦しめていたに違いありません。
そしてそれはサスケによって裁かれることで終わるのだと。

「結局オレはお前に憎しみを与え、里を抜けさせ、
 罪人にしてしまった……。
 お前が正しい道を歩んで行くことを願っていたのに…。」

でもそのサスケは"憎しみ"に呑まれてしまった――
意図していた道から逸れ、
血で血を洗う道へと進んでいこうとしている。

「オレは死ぬ以前より…、
 お前が違う道に行かぬよう…
 分かれ道のない一本道に誘い込むようにした。
 道案内の立札を嘘と瞳力で書き変えてな。」

自分のように血で汚れている道を歩ませなまい。
それがせめてもの償いであり、優しさのつもりだった。

「…何も知らずオレだけ呑気にその一本道を歩くだけか…!?
 オレはそんな道を望んじゃいない!」

でもそれは死んでいった父、母をはじめうちは一族の者たちを考えると、
真実を知ったサスケには耐えがたいことなのです。
自分の歩む道は自分で決める――と。

「ああ…。確かにそうだ…。
 どう行くかは自分で決めるものだ。」

イタチは頷きます。
かつて自分もそうして来たのです。

「いくら立札を書き変えようと、
 もうオレの眼はその上塗りを見抜く!」

と、サスケ。
イタチはそんなサスケを見て笑みを浮かべます。

「何がおかしい!?」

嘲りと受け取ったサスケ。
憤るようにイタチに言います。

「…いや……。
 道案内は何も立札ばかりじゃなかったんだな…。
 オレは本来死人だ…。これ以上は語るまい。」

イタチは弟のことを託したナルトを思い浮かべます。
最後の最後であるべき道に戻してくれる友達が、サスケにはまだいるのです。

「アンタは生前、オレにかまってくれず、
 いつも"許せ"と額をこづき逃げるだけだった。
 死んだ今でも、まだ逃げるのか!?」

全てを語らないイタチに、サスケは業を煮やして言います。

「逃げている訳ではない。
 言ったハズだ。やらなければならないことがあると。
 穢土転生を……止めなければ。」

イタチはもう振り返りません。
ナルトに自分の想いも託したからです。
弟をきっと引き戻してくれる、と。

3.亡霊との戦い

「そこの医療忍術の女…。お前こいつの血を引いてるな?」

マダラは自分の胸にある柱間を指さし、綱手の方を見て言います。
綱手の術かチャクラから柱間と同質のものを感じたのでしょう。

「だったら何だ!?」

綱手は祖父を冒涜しても何とも思わないマダラを睨みつけます。

「まずはお前からたたく。」

そんな綱手をマダラは冷たい目で見下ろします。

「小隊の医療忍者をまずたたくのは定石。
 それを分かってるこちいが簡単にやらせるとお思いで?」

メイはそんな当たり前のことを淡々と宣言するマダラに、
自分たちが見くびられていると感じたと思います。

「違う…。その女が千手柱間の子孫だからだ。」

とマダラ。

「お前ごときの医療忍術とやらは、
 死をほんの少し先延ばしにしているに過ぎん。
 千手柱間に比べれば取るに足らぬ術だ。
 奴は印を結ぶことすらなく傷を治すことができた…。
 全ての忍術がケタ違い…。
 人は奴を最強の忍と呼んだ。
 奴とは命懸けの戦いをしたものだ…。
 こんな遊びではなくな…。」

遠い昔を懐かしむような眼でマダラは言います。
敵<かたき>であり、憧れであった最強の男。
その子孫である綱手は、千手の血を受け継ぎながら、
児戯に等しい戦い方をしていることにマダラは不満を感じるとともに、
かつて命懸けで戦った"千手"という存在を貶めるかのようで、
はなはだ我慢ならないのでしょう。

「それに比べて…、柱間の子孫でありながらお前には何がある?」

そんなマダラに綱手は自信に満ち溢れた笑みを浮かべて返します。

「単純な力などではない…。
 初代から引き継がれ流れ続けるものが、私の本当の力だ…。
 火の意志をなめるなよ!!」

脈々と受け継がれてきた想いや責任――
何も火影である綱手だけではないでしょう。
一人に幾百、幾千もの想いが詰まっているのです。
それらを受け止め、その想いに応えてきた"影"。
五影もやられてばかりではないでしょう。
イタチが穢土転生を食い止めるだろう前に、
マダラに対して、影としての実力を見せつけることができるでしょうか。