670『始まりのもの』

1.始まりのもの(1)

「…ここは……?
 …オレってば……死んだのか?」

温かく自分を包む水辺。
ふと意識を戻したようにナルト。

「何をもって死とする?
 御主の死に対する倫理的観点は
 ワシの時代のものとは異なるな。
 簡単に己を"死"という言葉に置き換えるとは…
 気概を持つのだ、新人よ。」

何やら智者と思しき老人が語りかけてきます。

「誰?」

ハッとしたように声をする方に
顔をむけるナルト。

「ここにおいて的確な質問ではあるが…
 ワシの名を聞き、
 先駆者の見聞と一致するかは
 いささか不安ではある…。
 我は安寧秩序を成す者…。
 名をハゴロモと言う。」

錫杖を背負い、ゆらゆらと浮かぶ漆黒球の中心に
座り込むように浮かんでいる老人。
心当たりなさそうに訝しがるナルトを見て、

「その返し…。こちらとしても、
 その様な状態になる兆しは読み取っておったわ。」

と"察していた"ことを呟くように言います。
厳めしい様相に小難しい口調――
何が言いたいのか分からない様子に
ナルトは困惑を通り越して少し苛立っている様子。
しかし、心を落ち着けると、
その両の目、そして額に輪廻眼があることに気付きます。

「人を観察する目は持っておる様だな。
 後は己のこの状況を現実的に理解できるとよいが…
 お前はまだ死んだ訳ではない…
 ここは御主の精神世界だ。
 はやる気持ちは分かるが…
 しかし今は急いたところで無為である…。
 それゆえ…」

なんとここはナルトの中の精神世界。
ナルトという意識の中で語りかける神々しい老人――
この老人が何者であるかは、
すぐに明かされることになるのですが、
ナルトに宿る神性なるれば、
これはもう一つのナルトの姿――
そうとらえることもできるでしょう。

「もっと!! スムーズに!!
 カンタンにフツーに話せねーのかよ!!!」

難しい単語が連発するだけでは
ナルトにとってただの音の羅列に聞こえるのでしょう。

「ワシは時代錯誤である…。
 長きに渡る時の流れは文化的伝統や観念…
 倫理において大きな変化をもたらしたのだ。
 こうして時代を超え、転生期に合う度に、
 それらの両者にある相違を大きく感じとる事となった…
 新たな文化や言語を形式主義的に規定し
 学ぶこともできたが…」

しかし堅苦しい口調は直らずです。
"転生"というワードが気にかかりますが、
ナルトはそれでころではありません。

「だぁー!! うっせーよ! もう!!
 オレってばこんなとこで、
 変なじじいの話を聞いてる場合じゃねーってのにィ!!」

ナルトの訴求を無視して
ハゴロモと名乗る老人は続けます。

「言葉の探求一般、
 学問全般とはあいまいなものであり、
 定義困難であるがゆえに
 意思の疎通ができぬとあらば、
 今の観念論的な上学と
 唯物論的な考えを考慮して
 簡単に話してみるしか…」

この老人が自らを育んだ時代背景と
ナルトが歩んだ時代背景は違う――
それゆえもたらされる言葉の使い方が異なり、
然るに意思の疎通が難しい――。

「…アンタ。宇宙人か何かか?
 威厳はめっちゃある様に感じっけど」

ある種の観念や精神が、
まるで存在するかのように振る舞うことと(観念論)、
逆に物質という確かに見え、感じる存在のみを肯定すること(唯物論
相反する2つを折衷して敢えて行動に移すとすれば――
あーー!!
確かにまどろっこしいので、要約すれば、
老人自身の気質には合わないが、
ナルトにあえて合わせたように話してみれば、

「つーかそれは言い過ぎじゃね?
 宇宙人って何だよ、アハハ!
 つってあんま違わねーか…それと。」

とあまりにも神々しい威厳と合わないフランクな口調に
再びたじたじになるナルト。

「まだ、伝わらぬか…。
 これほど会話が複雑な様相を呈しているとは…」

と首を傾げる老人。

「イヤイヤ!
 さっきのしゃべりでいいから!
 やっと分かったから!
 しゃべり方があんまりにもシフトし過ぎて
 びっくりしただけだってばよ!」

とナルト。

「あ、マジ?
 ならこんな感じでいくんで
 夜露死苦! …つって!」

と感性でもっていく会話に切り替えた老人。

「…あっ! でも…
 なんかしゃべりと顔がまったく一致しねーから
 すっげー恐ぇーんだよね……。
 やっぱ…もうちょいかたい感じ残しつつ…
 急にバカみたくなるから…。」

とちょいとわがままなナルト。
人間、イメージした雰囲気、
受け入れた存在の言葉が伝わるものです。

「それは言い過ぎではないか?
 バカとは何事だ!
 まあ…さっきのしゃべりでは、
 そう思われてもしかたないか……。
 と…こんな感じはどうだ?」

と老人。

「そこ!!! オッケー!! そこで決めて!!」

と頷くナルト。
通じ合ったことに喜んでいる様子。

「うむ…。だいたい分かってきたぞ。」

ラジオの電波を拾うように、
話し言葉のチューニングを終え、
ようやく本題へと移ります。

2.始まりのもの(2)

さて。
ナルトにとってやっぱり気になるのはこの老人の正体。
いったい何者なのか――
聞きたい事はたくさんありますが、
とりわけまず初めに自分が何者かを
老人は話し始めます。

「ワシはすでに死んでいる輩の者だ。
 チャクラだけでこの世を漂い、
 世代を超えて忍宗の行く末を見届けてきた僧侶…
 名をハゴロモ。そして忍宗の開祖にして、
 六道仙人とも言う。」

この老人こそ六道仙人、その人だということです。
その輪廻眼の眼光、神々しい雰囲気、
それらがその人物をただ厳然と示しています。
ナルトもその名を認識しています。

「知ってるも何も…
 最初に忍術をつくった人だろ?」

しかし六道仙人は"忍術"というところを強く否定します。

「忍術ではなく忍宗だ。
 ワシの忍宗は希望を作り出す為のものだった。
 戦いを作り出す忍術と混同してはいかん。」

チャクラの使用目的が異なるのです。
聞きたい事がたくさんあると逸るナルトですが、
六道仙人が錫杖で水面を叩くと、
そこにはナルトに似た雰囲気をもつ黒髪の青年が。

「お前は我が息子"アシュラ"の…」

ナルトの中に"アシュラ"という息子の影をみた六道仙人。

「…とにかく…今は色々と条件が整ったのだ。
 お前に託さなければならない事がある。」

と六道仙人。
また訳が分からなくなったナルト。

「あしゅ…らぁ…?
 たくす?
 わけ分かんねーこと言ってねーで、
 オレをこっからだしてくれって!!」

早くこの精神世界から還らなければ――

「…すまんがそれはワシにどうこうできる話ではない…。
 外の者がお前をどうするかだ…。
 ワシはお前に伝えるだけだ…。」

今は急いても仕方がないと語る六道仙人。

「なので少し聞いてもらう…。
 いや。お前は聞かねばならない。
 まずはワシの母と息子たちについて…。」

そうして忍宗が生まれた経緯を騙り始めたのです。

3.始まりのもの(3)

「ワシの母である大筒木カグヤは
 遠い場所からこの地に来た。
 神樹の実を取りに来たのだ。
 お前達もこの戦争で見たあの神樹…
 そのチャクラの実だ。
 カグヤはその実を喰らい力を得て
 この地を治めた。」

大筒木カグヤ――
六道仙人ことハゴロモの母にあたるこの人物は、
力を求めて遠き彼の地からやってきて、
神樹の実を食らいます。
そして超自然的な力を手に入れ、
その地を治めることに成功したのです。

「カグヤってどっから来たの?
 六道仙人より強い?
 …やっぱ母ちゃんって怒るとこえーもんね!」

と子供のように無邪気なナルト。
諭すように六道仙人は続けます。

「どこから来たかは、どうでもいい事だ…。
 母は強かった…誰よりも。
 人々は母を卯の女神だの鬼だのと呼び、
 崇め、恐れていた。
 後にカグヤは2人の子供を産んだ。
 そのうちに一人がワシだ。
 ワシら兄弟は母の残した罪をあがなうため、
 神樹の化身である十尾と闘い…
 それを己に封印した。
 チャクラの実を取られた神樹は
 それを取り返そうとして暴れていたのだ。」

十尾――神樹として崇められていた存在。
その実を奪われ、神獣と化し、
各地を荒していたのをカグヤの子である
ハゴロモとその兄弟(名は不明)の2人が治めたようです。

「それからさらに後、
 ワシも二人の子供をさずかった。
 兄をインドラ。弟をアシュラと名付け、
 忍宗を教えたのだ。
 だが二人には大きな差があった。
 ワシの強いチャクラを持つ遺伝子と
 そうでない遺伝子……
 その伝承が極端に出現したのだ。」

やがてハゴロモも二人の子供を授かります。
兄・インドラと弟・アシュラ。
兄弟ながら決定的に性質の異なる二人。

「…優秀な兄インドラと、
 落ちこぼれのアシュラ。
 これは言うべきではないかもしれんが…
 両親がいくら優秀とて…
 その力をそのまま受け継ぐとはかぎらん。
 …心当たりがあろう…。
 お前もそうだった様だからな…。ナルトよ。」

一般的に優秀とされる観点で見れば、
アシュラは確かに落ちこぼれだったようです――
ナルトにもその気持ちは理解できる。

「そしてお前は本当にアシュラとよく似ている…。
 やってきた事も…。」

"落ちこぼれ"という見方はある尺度から見た話です。
時が経てばその欠点を補うため、
別の"何か"が生まれてくる。
そういう尺度から見れば、"優秀"とは何か分かりません。

「ん?
 やってきた事って?」

と訊き返すようにナルト。
ナルトの傍らにきた六道仙人は、
アシュラとナルトが良く似ていることに
どことなく微笑みます。

「インドラとアシュラは違う道を歩いた。
 兄インドラは生まれし時より
 強い瞳力とセンスを合わせ持ち、
 天才と呼ばれた。
 何でも一人の力でやりぬき己の力が
 他人とは違う特別なものだと知った。
 そして力こそが全てを可能にすると悟った。
 一方、弟のアシュラは小さい頃から
 何をやってもうまくいかず、
 一人では何もできなかった。
 兄と同じ力を得る為には己の努力と
 他人の強力を必要とせざるをえなかった。
 そして…修行の苦しみの中で…
 肉体のチャクラの力が開花し…
 兄と並ぶ力を得た。
 そして強くなれたのは皆の協力や
 助けがあったからこそだと理解したのだ。
 そこには他人を想いやる愛があることを知った。
 そして愛こそが全てを可能にすると悟ったのだ。」

自らを研鑽し続けたアシュラ。
折れることなく、力を開花させることができたこと、
自らが此処に存在することを皆のおかげだと悟り、
そこに"愛"があればこそ、
如何様にも強くなることができることを確信したのです。

「ワシは弟アシュラの生き方の中に、
 新たな可能性をかいま見た気がした。
 己の中の十尾の力を分散し、
 個々に名をあたえ、"協力"という繋がりこそ
 本当の力だと信じたのだ。」

六道仙人もアシュラの生き方に強く共感したのです。
人は決して一人ではないし、強くはない。
しかし一人一人が互いを大事に想い合えば、
そのつながりがあることで強くなれる。
ナルトは強く頷きます。

「…そして、ワシは弟アシュラを皆を導く
 忍宗の後見人とした。
 兄インドラも弟アシュラに
 協力してくれるだろうと思ってな。
 だが…兄インドラはそれを認めなかった。
 そしてこの時より長きに渡る争いが…始まったのだ。
 そして肉体が滅んでもなお、
 二人の作り上げたチャクラは消えることなく
 時をおいて転生した…。
 幾度となくな…。」

インドラにとっては力こそが全て。
力ある者が統べるべきという考えから、
弟アシュラとは相いれなかったのでしょう。
アシュラもインドラを取り入れるまでいかなかった。
そこに"愛"はなかったのです。
二人が互いに踏み違えたことで、
永きに渡り続く憎しみの連鎖が始まるのです。

「…おばけに取りつかれるみたいでなんかヤダな。
 …で…、今も誰かに取りついてんのか?」

と困惑気味のナルトに、
六道仙人は包み隠さず言います。

「お前だ。ナルト。
 弟アシュラはお前に転生したのだ。」

と――。