606『夢の世界』

1.夢の世界(1)

「長く生きれば生きるほど…、
 現実は苦しみと痛みと虚しさだけが
 漂っていることに気付く…。
 いいか。この世は全てにおいて、
 光が当たるところには必ず影がある。
 これらは因果関係にあり切り離すことはできん…。
 本来はな…」

マダラの言葉を思い出しながら血の海を歩いて、
リンのもとまでゆっくりと進んでいくオビト。
光と闇が一対でどちらか片方を引き剥がすことはできないように、
思うこと、望むことが儘<まま>ならないのがこの世。

「本当の世の中の嫌な事を捨て、
 良い事だらけの夢の中に逃げちゃおって話!」

オビトは血塗れた手をそっと差し出し、
もう動かないリンの頸の脈を確かめるように測ろうとします。
しかし、万華鏡写輪眼の影響か、
無意識のうちに次元を透過してしまい、
リンにうまく触れることができません。
まるでもう住む世界が違う二人を暗示するかのようです。
そこでもう一度、今度は触れようと意識することで、
リンにようやく触れることができたオビト。
やはり脈はありません。
もうリンはこの世にいないのです。

「…夢だから何だって思い通り…。
 死んだ人だって生きてることにできる。
 勝者だけの世界。平和だけの世界。愛だけの世界。
 それらだけの世界を造る。」

それまでためていたかのようにあふれ出てくる涙。
そのままリンを抱き起し、オビトは固く誓うのです。

「リン…もう一度…
 もう一度君の居る世界を創ろう。
 オレがこの世の因果を…断ち切る。」

愛しい人の居る世界。
友が裏切らない世界。
リンが笑っていられる、そんな世界を創るために――

2.夢の世界(2)

「そのために帰って来た。」

もう二度とは戻るまいとしていた
マダラのもとへ戻ってきたオビト。
マダラもいずれ帰って来るとは思っていたでしょうが、
ここまですぐの事とは思わなかったでしょう。

「フッ…。誰にも見られてはいないだろうな。」

とマダラ。自分の計画を託せるものとして、
オビトに完全に照準が定まったようです。

「見てたのはボクだけ。
 オビト…敵を皆殺しにしちゃったから大丈夫。
 ただカカシだけは殺る気なかったみたい。
 でもカカシは何も見てないよ…。
 木ノ葉の増援が来た時、
 "誰が敵を!?"ってわめいてたし…」

と白ゼツが報告します。
カカシ以外は皆オビトの凶刃にかかり、
鏖<みなごろし>にされてしまったようです。

「…かつての仲間だけに未練があったか…?」

と訊くマダラに、オビトは首を横に振ります。

「違う…。どうでもよかっただけだ。
 この世にあいつが生きてようが死んでようが、
 もうどうでもいい…。
 これから創る世界にカカシは居る…。リンも。
 オレに夢の世界の創り方を教えてくれ、マダラ…。」

自分がこれから創る世界を考えたら、
この世で起こる出来事など一切関係はない――
だからカカシが生きてようが生きていまいが、
どちらであったも構わないとマダラに答えたオビト。
しかし、どういう状況が重なってか分からないですが、
カカシがリンの命を奪ったというのは、
オビトにとって認めたくない"現実"。
そのカカシを生かしておくというのは、
心の底ではまだカカシの何かを
信じていたいという気持ちがあったからではないでしょうか。

「もう礼はいらん…。
 こっちへ来い。
 今日からお前が救世主だ。」

マダラもオビトを完全に信用したようです。
新たな世界を創るために。

「オレの目を見ろ。」

百聞は一見に如かず。
というわけで、マダラはオビトに幻術をかけ、
いまから自分がなそうとすることを、
実際に体験させます。

「ここはオレの幻術の中だ。
 まだ白紙だがオレの意志を投影して何でも造り出せる…。
 コントロールすることも。
 魔像とつながり力を借りている分、
 広く細かく何でもできる。こんな風にな…」

そういってマダラは若かりし頃の自分の姿に容貌を変えてみせます。

「この幻術でイメージ通りの世界を創造する。
 そこに、全ての人を幻術に掛け
 連れてくるだけの話だ…。
 この術の規模を眼の代わりに月を使って
 大きくしたものが夢の世界…。
 説明するにはまず…六道仙人と十尾からだな。」

そういってマダラは手始めに輪廻眼について話し始めます。

「千手柱間の細胞を戦って手にした後、
 それを傷口に移植していたオレだが、
 当初は何も起こらなかった。
 そうして寿命で死にかけた時だ…。
 輪廻眼を開眼したのだ。
 それは同時にある封印を解くことにもなった…。
 十尾のぬけがらを封印石からな…。」

終末の谷で敗れたマダラ。
負ったダメージは非常に大きく、
傷口に柱間が残した細胞をあてがいながらも、
自身の修復だけに専念するような日々だったようです。
しかしそれは思いもよらない効能をもたらします。
世に再び憚ることもなく、
誰にも気づかれないまま、
老衰で逝去しかけたタイミングで
輪廻眼を開眼したようです。

「オレはそれを外道魔像と呼ぶ。
 そしてその封印石は月と呼ばれているものだ。」

外道魔像――その正体は十尾の抜け殻だったようです。
これはもともと月に封印されていたことを突き止めたマダラ。

「その後すぐに魔像の体を触媒にして、
 柱間細胞を移植したのがコレだ。
 つまりこれら人造人間は柱間のクローンだともいえる…。
 かなり劣化はしているがな。」

抜け殻とはいえ、
チャクラに満ち満ちていた魔像を利用して、
驚異的に生命力に満ちた柱間の細胞を培養した結果、
できたクローン体が後にゼツと呼ばれる個体となりました。

少し脱線しますが、
このあたりの話は昨今話題のiPS細胞の技術に似ていますね。
iPS細胞が話題になる前に、
ES細胞による再生医療の可能性がもてはやされました。
ES細胞とは胚性幹細胞と呼ばれるもので、
あらゆる臓器や器官に分化する可能性を秘めたものです。
結局は人由来のES細胞から目的の臓器をつくる研究は
研究者の捏造が判明したこともあって失墜したのですが、
ES細胞の可能性を捨て去るにはあまりにも勿体ないことで、
下火になりながらも、研究は進められていたわけです。
そしてどうにかこうにか目的の臓器が得られないか模索された結果、
すでに出来上がった(分化した)細胞を取り出し、
それにいくつかの遺伝子を人工的に組み込むことで、
ES細胞のように多能性を再び獲得したものを
iPS細胞(人工多能性幹細胞)として、
ES細胞よりも制御しやすい、
より倫理的に安全で使いやすい技術として
ノーベル医学生理学賞を獲得するまでの研究となったのです。


さて、ナルトの世界でも、
このような再生医療の技術は高度な技術と思われますが、
割と当然のことのように扱われて、よく登場しているので、
私たちの世界からすれば違和感がぬぐえない部分でした。
岸本先生は最先端の科学に警鐘を鳴らしているのでしょうか。
考えすぎかもしれませんが――。

「輪廻眼はうちはと千手両方の力を持っていなければ開眼せん。
 さらに魔像もうまく扱えん。
 お前は右半分に千手の細胞がくっついている…。
 輪廻眼は開眼せぬとも、
 魔像はあつかえるようになるだろう。」

とマダラは見込みます。

「オビト…。お前にうちはの禁術と、六道の術…
 そして陰陽遁の術を教えておく。」

幻術世界から還り、
再び老衰したマダラと向き合うオビト。
一方、オビトに自分の知る高度な術を託すことを決意したマダラ。

「こいつにオレの意志を入れた…
 …半分はオレだと思え。これも劣化はしてるがな…。
 陰陽遁で造ったこやつらはお前のコマとして使える。」

黒ゼツの正体はマダラの意志を具現化した際の媒体のようなもの。
陰陽遁によって造られたもののようです。

「その黒い棒はワシの意志を形として作ったものだ。
 これは六道の術の時に使え。」

七支刀のように出てきた黒い棒。
六道の術の一端をオビトに託します。

「…さあ…動け…。
 オレが復活する…までの間……お前が……」

3.夢の世界(3)

舞台は雨隠れの里に移ります。
物陰にはゼツとオビト。
長門の様子を窺っています。

「あれがマダラの輪廻眼か…。」

輪廻眼を開眼し、
一通りの能力を扱えるようになったと思われる頃の長門

「マダラの本当の眼だよ…。
 あの子が幼い頃に気付かれないよう
 移植しておいたんだぁ〜」

と白ゼツ。

長門は千手の血統で、
 外道魔像をマダラ以外に口寄せできる
 唯一の人物なのさ。」

と黒ゼツ。まだこの頃は、
漢字とカタカナ交じりの機械的な話し方をしていません。
マダラは長門の素性を調べあげたうえで、適性を見込んで、
長門に自分の眼を移植させたような感じを受けます。
どうやって長門のような人物を見つけたかは、
やはり白ゼツの能力なのでしょうが――

「まずはマダラの言った通り長門を手なずけて」
「散らばった尾獣共を集め、
 長門の輪廻天生でマダラを…」

とゼツたちは計画の概要を復唱します。
手筈通り長門たちと接触を試みます。
そして自らの名をこう名乗るのです。

「うちはマダラだ。」

と――。

こうなってしまったオビトの心を救うには一筋縄ではいかないでしょう。
カカシの前に現れたリンが偽物のような節も漂いますが、
やはり本物のリンが現れることでオビトの心は救われるのでしょうか。
あるいは、"リンの何か"がないとオビトはもう止まることはないと思われます。
カカシがその"リンの何か"を手にしているか――
そこが鍵になってきそうです。