守ろうとしていた本当に大切なものを失ったとき、
人は己の無力さと儚さをかみしめます。
永遠なんて存在しない――
現実の残酷さは人の心を抉り、削りとります。
どうでもよいことなんてないのに、
どうでもよくなる――
どんなにこの世の中を憎く思うことがあっても、
己を守ってくれる"つながり"があれば、
己が守りたい"つながり"があれば、気づき、理解するはずです。
苦しいのは自分だけではないと――
だから人はその痛みに耐えながら、
今日を明日を強く生きていけるはずなのです。

今回は生きることに目を背け、
絶望の呪縛から逃れられない者の話です。

607『どうでもいいんだよ』

1.どうでもいいんだよ(1)

長門たちに接触することに成功したオビト。
自らを"うちはマダラ"と名乗り、
彼らを煽動する為に、語り始めます。

「…あの…うちはマダラの名をかたるってことは、
 犯罪者かただのバカか……。
 何のつもりでオレ達に近づく?」

しかし弥彦は警戒心を大きくします。
うちはマダラ――
雨隠れの里においても、その雷名は知れ渡っているようです。
どんな人物で、どれだけの力を有していたか、
彼らもお伽話のようなその存在が、
いま目の前にいる人物などと考えるほど幼稚ではありません。

「…輪廻眼…。
 古くからそれを開眼した者を正しく導くのが、
 我々組織に託された使命。」

オビトも警戒されることはわかっていたでしょう。
輪廻眼を崇拝する秘密結社のような体で、
話を進めていくオビト。

「……ボクの眼のことを知っているのか?」

長門は自分の"眼"について、
造詣が深いと見込んだと思われます。
警戒心は保ちながらも、
得体の知れない男の出方を待ちます。

「お前はこの世の安定を夢見た六道仙人の意志が
 転生した生まれ変わりだ。
 …大国ばかりの里が光を浴び、
 …お前らの小国の里はその影にあり死にかけている。
 だからこそここに開眼したのだ。」

輪廻眼が長門にあることが宿命や必然であるかのように、
オビトは話を進めていきます。

「光が当たるところには必ず影がある。
 勝者という概念がある以上…
 敗者は同じくして存在する。
 平和を保ちたいとする利己的な意志が戦争を起こし、
 愛を守るために憎しみが生まれる。
 これらは因果関係にあり切り離すことができん……
 …本来はな…。」

かつてマダラがオビトを諭した時の言葉ですが、
もうオビトの言葉となっています。

「だが勝者だけの世界、
 平和だけの世界、愛だけの世界、
 それらだけの世界を創ることもできる!
 我々が協力すればそのやり方を知ることができる。
 …輪廻眼の本当の力をお前が手にした時、
 すぐにでもお前らの世界が成就する。
 …さぁ…」

そう言って手を差し伸べるオビト。
一瞬躊躇うかのような長門ですが、
弥彦が前に出て、首を横に振ります。

「そんなことはできない。
 オレ達を利用しようってのか?
 …お前の言ってることは都合がよすぎる…。
 相手の痛みを知り同じように涙を流せて、
 初めて本当の世界へ近づける。」

弥彦は言います。
平和や愛だけの都合のよい夢幻などに意味はないと――
相手の痛みを知り、相手を理解することで、
己がどうあるべきか、考えつつ、振るまうことでこそ、
平和を為し得ると弥彦は考えています。

「…同じように涙をか…。
 …つまり復讐か?」

とオビト。
頑として弥彦は首を横に振ります。

「いやそういうことじゃない。
 理解し合うってことだ。」

良いことだらけの甘美な世界ではないかもしれない。
それでも理解の上で"平和"は為し得るはず――
弥彦たちはこの時点でもっとも真理に近づいていたのです。

「お前こそキレイ事を口にするな。
 この世にそんなものは無い。」

しかし、"理解"そのものこそがありもしないもの――
とオビトは弥彦の言葉を否定します。

「行くぞ小南、長門
 こいつらは信用できない!
 二度とオレ達に近づくな。」

オビトたちに胡散臭さ以前に、
何か相容れないものを感じた弥彦は、
彼らを遠ざけます。

「…毎日同じ時間にここに居る……
 お前もいずれ…気づくことになる。
 (オレの計画には気付けないだろうが…)」

もちろん一度の交渉で彼らの心を動かせないことは
オビトも分かっていたでしょう。
絶望の淵から手招きして待つ様子。
かつて自分自身も気づいたように、
長門や弥彦も気づくことになると予感して――

2.どうでもいいんだよ(2)

あの神無毘橋の事件から一年ほど経過していると思われます。
ミナトの子供が生まれる10月10日。

「これ…一応極秘あつかいなんだけど…
 ミナト先生のお子さんが産まれるんだってさ……
 戦争を知らない世代だよ…
 オレ達ももう少し遅くに…」

"のはらリン"と書かれた墓標の前に佇むカカシ。
戦争は終結し、ミナトが四代目火影となり、
新しい時代の風が吹いている今。
リンやオビトを失ったカカシも、
無駄なことと分かってはいつつも、
もし自分たちもそういう時代に生まれていたら、
こんな悲劇を経験することもなかっただろうに――
という考えが過ったのかもしれません。

「…オビトにも報告してやらなきゃ…
 もう行くよ。リン。」

言いかけた言葉を止め、
リンの墓から立ち去るカカシ。
その様子を文字通り草葉の陰から見まもっていたオビト。

カカシへの憎しみか――
リンがすでにこの世に存在しないという事実を否定するためか――
リンの墓に赴くと、献花された百合の花を散らします。
そして――その夜、あの九尾事件を起こすのです。
オビトはかつての師であるミナトと対峙します。



ミナトとはじめて会った時のことが頭を過ります。
アカデミー卒業後、
ミナトは上忍としてオビトたちの班に配属されました。

「大遅刻だよ!
 もう自己紹介は終わってる…
 後は君だけ。」

各々が上忍の先生であるミナトに自己紹介を済ましたころ、
いつものように遅刻して現れたオビト。

「オレは火影になる!! うちはオビトだ!!
 んでもってオレの火影岩にはトレードマークのゴーグルと、
 さらに写輪眼もしっかり彫ってもらう。
 …それで他里にニラミきかせてやんのだ!!
 写輪眼でメンチきってるオレの火影岩にビビって、
 ここには手が出せねーよーにな!」

と遅刻してきたことの気後れもなく自信満々に語ってみせます。

「そんなのは火影になって写輪眼を開眼してから注文しろ…
 だいたいゴーグルしてたら写輪眼は彫れないだろ!」

といつものように冷やかしを言うカカシ。

「ゴーグルの上から彫ればいいだろが!」

向きになってカカシと張り合うオビト。

「それだと目が飛び出てるみたいになるね…フフ。」

と二人のやりとりをあたたかく見守るリン。

「とにかくオレと同じ夢を持ってる部下ができてうれしいよ。
 今日からキミの上司になるミナトだよろしく!」

こうしてミナトとの出会いはありました。

「(もう…こんなとこは……
  こんな世界は……
  どうでもいいんだよ。)」

と心の中で誓ったオビト。
かけがえのない大切なものを失い、
絶望の闇に囚われ、
そのままこの世の全てを否定してしまおうとしています。
確かに大切な存在がなくなってしまうことは悲しい――
それでも前を向いてこの世の中を渡り歩いている人々がいます。
この世のこの世界はオビトだけのものじゃない。
独善的な思想で、ありとあらゆるものを
都合よく書き換えてしまおうとするその心の根本は、
たとえ拭い切れない悲しみで満ち溢れていようとも、
苦しみ嘆いているのは自分だけじゃないことを知らなければいけないのです。
リセットはきかない。
残酷だけれど、現実を受け入れ、考え、
乗り越え、成長して、それでこそ憎しみを克服し、
少しずつ相手を理解することができます。
理想論うんぬんじゃない。
誰もがそうして死や悲しみを受け入れ、
絶望を克服して精一杯生きているその現実を、
否定することなど許されないのです。

3.どうでもいいんだよ(3)

「ンな訳にいくかボケ!!
 オレってば四代目火影の息子だぞ!!!
 てめーの口車になんかにゃ乗らねェ!!」

オビトやマダラの夢想を認めるわけにはいかないと、
ナルトは彼らに立ち向かっていきます。

「そうか…。
 人柱力の本体だからだと大目に見てやったが…
 なら手加減はできんぞ。」

そう言ってマダラは木遁の術を全開にします。

「かつてオレの九尾を縛り上げた柱間の木龍だ。」

木龍の術でナルトの力を削ごうとするマダラ。

「こっちだってゾンビ相手に手加減はしねェ!!
 死んでんだから!!!」

マダラやオビトの語ることは絶対に間違っている――
力で抑えつけられようとしているなら、
それ以上の力がなければ何も為し得ないのもまた現実。
ナルトの負けるわけにはいかないという思いは、
かつて九尾が手こずったという木龍を九尾化して完全に粉砕します。

「なぜだ!?
 なぜマダラのような奴と!?」

オビトの変貌ぶりが信じられないカカシ。
この期に及んで、まだ受け入れられないようです。

「お前に語るべきことなど何もない。
 あるのはこの…最終戦だけだ…!!」

腰が抜けたようなカカシに対して、
対するオビトは自分が信じる理想のために、
かつての友を歯牙にかけるのもためらわない勢いがあります。
リンはもう二度と笑うことはないのに――