665『今のオレは』

1.今のオレは(1)

藁に縋るようにつかんだ最後の望み――
それを一瞬にして吹き飛ばすような最悪の状況。

「ゼツ…。いつまでオビトにへばりついている。」

マダラの登場――
しかも十尾の人柱力となっています。

「スミマセン…
 デスガコイツラカラ九尾ノ半身ヲ
 奪ッテオキマシタ。」

と黒ゼツ。

「よし。左目と合わせて持ってこい。」

オビトにある輪廻眼。
それに加えて九尾が完全形態となってしまう――
もはや絶望を加速させるだけかのような状況。

「(仙人の力を感じる…
  これはオビトの時よりもさらに…)」

マダラの力を感知したミナト。
十尾やそれを人柱力としたオビトのときを
はるかに凌駕するような溢れ出る力を感じます。

「やはり四代目の九尾はあの黒い奴の中か…!」

我愛羅も最悪の状況をいやでも認識せざるをえません。

「マダラ様ガイルカギリコイツカラ離レテモ
 オ前ラハオレニ何モデキハシナイ」

黒ゼツは勝ち誇ったように
乗っ取ったオビトから離れようとします。
しかし、巧いようにはいきません。
その一瞬を狙ってオビトが逆に
黒ゼツを抑えつけたのです。

「まだだ……。
 マダラ。アンタに話がある。」

息を吹き返したオビト。
写輪眼を光らせ、
マダラを見据えます。
事態を知らない我愛羅
オビトの回復に身構えます。
それを制するカカシ。

「ナルトには奴の中の九尾が必要だ。
 失敗はできない。
 ここぞという時でなければダメだ…。」

黒ゼツにわたった九尾の力。
それはオビトにいま現在はあります。
もっとも確実に九尾の力をナルトに返すには――
カカシは最善の一手を思案します。

「アンタにとって……
 オレは何だ?」

と訊ねるオビト。
長年、マダラとして成り替わり、
限月読の計画に加担してきた彼を
マダラ本人はどう思っているのでしょう。

「クク…冗談はよせ。
 今さらくだらない事を聴くな。
 お前はオレにとって他でもない。
 マダラだ。」

とマダラ。

「この世界を否定する存在がマダラだ。
 その思想を胸に行動し、
 無限月読の計画を狙う者は全て
 マダラでしかない。」

この世は地獄――
幻の中に真の平和があると考えていたオビト。

「それはオレの道でもあった。」

道――
リンの居ない世界という地獄で、
絶望と戦うために歩んできた道。
しかし、いまは何かの違和感を感ぜずにいられません。

「オレが眠りにつき帰るまでの間、
 お前に全てを任せオレの先を歩かせてやったのだ。」

とマダラは言います。

「それはオレが示してやった道だ。
 お前は目的達成の為に
 マダラとして天寿を全うするハズだった。
 この…世界を救った救世主としてな。」

マダラとしての道を歩み
マダラとして全うする。
オビトという名は捨て、
その道を歩むことで、
耐えがたい悲しみと絶望に抗していたつもりだった。
この救いようのない世界と戦っていたつもりだった。
でも、そもそもその道の先は、
自分の望んでいた世界だったのか――
この地獄とも思えた世界を
果たして変えられるのだろうか――
オビトの中で自問が繰り返されていたのです。

2.今のオレは(2)

「六道仙人が示したこの世界は――失敗した。」

そう言い切るマダラ。

「いいか。六道の広めたチャクラとは
 本来"繋ぐ"力の事だ。
 人と人の精神エネルギーを繋ぐものだった。
 言葉無くとも互いの心を理解し合い、
 人々の安定を願うもの。
 その力を忍宗として説き、
 人々に伝え導こうとしたのが六道仙人だ。」

チャクラとは当初、繋ぎ止める一縷の糸のようなものだった。
人と人の間をつなぐ見えない力。
時として友情になり、信仰となり、博愛となり、
多くの人々をつなぎとめていた精神そのものだったのでしょう。

「だが人々はいつしか互いの心を繋げる為ではなく、
 己の中の精神エネルギーと身体エネルギーを
 繋ぐ為にチャクラを使った…
 己のチャクラを大きく練り上げ、増幅する方法だ。
 武力となる忍術へとチャクラを変換する為にな。
 皮肉にも六道の母カグヤが武力として
 チャクラを使用した道に戻った訳だ。」

いつしかチャクラは形を変え、
武力として使用されるようになった――
それが忍術であり、
忍宗とはこれを広めてしまった元凶に他ならない――
マダラはそう考えているようです。

「六道仙人の行いは人の矛盾を助長したにすぎん。
 そしてたとえ心と心を繋げたところで
 解り合えないのが分かるだけだったのだ。
 そちらにしろチャクラは争いを生み、
 まやかしの希望を生むだけだった。
 オレもお前達も平和を追い求めると同時に
 争いを求めてきた現実がある。
 この現実は"チャクラという力"によって
 無限の苦しみを強いられている。
 力があるからこそ争いを望み、
 力がないから全てを失う。」

とマダラ。
人々はこの"力"があるからこそ、
傷付け合い、憎しみ合うのだと。
戦いが生まれ、悲しみを繰り返し、
それでも何かを守れる気がして、
結局無力な自分を認めるだけだと。

「オレはそれを乗り越えた新たな世界を創る!
 無限月読によりいまわしきチャクラの無き
 夢の世界を創るのだ。
 最後にして最強のチャクラを持つ、
 このオレが導く!
 そしてお前はオレそのものだ!
 オビトではない!」

争いのなき平和な世界――
チャクラのなき夢の世界へ導くこと。
これがマダラの正義なのです。
そして柱間と理解し合えなかった
平和という真実であると自負しています。

「うちはオビトはうちはのチャクラがある故に
 はたけカカシに挑戦し火影を望み、
 のはらリンを望んだ!
 だがその力がまやかしだったために
 その全てを失ったのだ!!」

でもそれは正義でなく独善であり
ただ単に目の前の現実から
逃げているだけであることを
オビトはもう知っています。

「ここは地獄だ!
 忘れたのか!?
 来い! そう、マダラよ!
 今でもお前は救世主のハズだ!」

と差し出された手。
かつてオビトはその手を握り返しました。
でも今は――
攻撃の構えを解いたその一瞬を狙って、
《神威》でオビトをマダラから遠い距離へ離し、
続いて仙人モードを解放したミナトが
まず瞬身の術で仕掛け《螺旋丸》を構え
我愛羅が《砂漠波》で援護します。
しかしマダラは、何事もなかったかのように
三人をあしらうと、
オビトの方へ歩み寄り話を続けます。

「人を導く者は…
 己の死体を跨がれる事があっても
 仲間の死体を跨いだりはしないらしい…」

故事を持ち出しながらも、
差し出された手に自分の手を合わせるようにオビト。
オビトの腹はもう決まっています。

「…なら、それを確かめる為に、
 まずお前が死体にならねばな。」

とマダラ。

「オレはもうアンタに跨がれる事もない。
 己の名を騙らず、他人に全てを任せる事は――
 仲間に託す事とは違うと今なら分かる。
 オレはアンタじゃない。
 今のおれは火影を騙りたかった
 うちはオビトだ!」

自分がここに存在する本当の意味――
それは最期の最後で決められる。忍とは死に様。
六道の錫杖を奪い取り、
オビトは高らかに言い放ちます。
本当に大切なもの――それはリンの笑顔。
そのリンを守ろうとして誓った火影への想い。
この世界は果たして地獄なのか――
咲き誇る凛とした花の素晴らしさを認めずして
何を以てこの世界を語るのか。
他を否定して残る"平和"など
なんの面白味も輝きも素晴らしさもない。

生きることが輝くのはこの過酷な世界だからこそ。
つながりを感じられるのは自分が弱いからこそ。
オビトは目の前の現実からもう目を逸らしません。