528 『「だるい」を超えて』

1.「だるい」を超えて(1)

サムイが吸い込まれた様子を見ていて、
ダルイはあることに気づきます。

「一定時間黙っていても吸い込まれてしまう……違うか?」

ダルイの推理にその通りだと頷く銀角。
もっともよく口にする言葉を言えば吸い込まれてしまう。
かといって、警戒しすぎて、
何もしゃべらずにいても吸い込まれてしまう。
どんなに優れた忍であろうと、
そんなルールを全く知らなければ、
有無も言わさず一瞬で戦闘不能状態に陥れる
なかなか性悪な忍具です。

「“沈黙は金”なんてよく言えたもんだ……ったく。」

ところで、“沈黙は金、雄弁は銀”という格言は、
古代ギリシャの雄弁家デモステネスの言葉ですが、
饒舌に語るより、押し黙って迫った方が説得力がある
ということだそうです。
うっかり相手の機嫌を損ねるようなことを言ったり、
語るに落ちる――なんてこともないですし、ある意味正論でしょう。
ここでは『黙っていた方が得』という意味で用いられています。

「“雄弁は金”って事もある!
 騙してなんぼの弁舌だ!
 ここで言うなら“沈黙は禁”ってな。ハハハ!」

と語る銀角。
沈黙は“金”ならぬ“禁”とは上手いですが、
ダルイが尊敬しているとみえるビーの言葉遊びを使ったことや、
ましてその言葉を読んで字の如く愚弄するような発言に、
ダルイの堪忍袋の緒が切れます。

「だから言ったろ!
 言葉なんてのは人を騙すための道具だってな。
 忍の世では騙し合い、裏切りも立派な戦術…。
 言葉も忍具だ。」

確かにそういう側面性は無きにしも非ずでしょう。
戦局を好転させるもさせまいも、
己が振舞いによって代わることもある。
言葉もその一つなのかもしれません。

「そんなんだから……
 雲隠れでアンタ達は不名誉の象徴なのさ。」

それでも、“悪用”していると分かっていながら、
平然と“悪用”を繰り返すことに何とも思わない態度。
協力や信頼といった絆をもつくりだせる素晴らしい側面を
まっこうから全面否定するような、その言葉端に、
ダルイも相当なむかっ腹です。

「左腕に未練などない。
 なぜならワシは右腕を二つ持っておるからな。」

サスケ戦で左腕を失わせる結果となってしまったことを詫びたとき、
そんな自分に雷影は、
全幅の信頼を寄せていることを表する言葉をかけてくれました。
ダルイは非常に嬉しかった。
自分が認めてもらえている、信頼してもらえている。
だからこそいっそう頑張らなくては。
面倒くさがりのダルイが奮い立たされたのです。
銀角の言葉にむかっ腹が立つのは、
そんなダルイ自身の在り方をも否定することと等しいからです。
言葉には魂がある、だからこその言霊です。
その魂を否定されるからこそ腹が立つのです。

「なんだとこの三下銅ヤロー!
 お前はしょせん雷影の駒で、
 この忍具の類似品みてーなもんだ!
 ただの忍具だ! ほざくな甘ちゃんが!
 ったく今時の忍は何様だ!?」

ダルイの言葉は銀角にストレートに突き刺さります。
九尾に挑んだり、雲隠れでクーデターを起こしたり、
二代目火影を倒したり――
自分の築き上げてきた忍道に銀角も誇りをもっていたことでしょう。
そんな自分の輝かしいはずの軌跡をあっさり全否定されては、
黙ってはいられないのも無理はない。
おそらく本人は気づいてないでしょうが、
先に人となりをなじったのは銀角。
ダルイは“言葉”で反撃したのです。

「オレはボスの右腕だ。類似品じゃねェ!」

そのとき、ダルイは身体が引き寄せられる感じを受けます。
金角に言われ紅葫蘆を構えた銀角。
だるいとは言っていないのに、何故だ――と、ダルイは一瞬思います。
しかしすぐに思い当たります。
「…だ。るい…」と文をまたいでその言葉を口にしてしまったことを。

「すみませんボス…。
 すみません…サムイさん。アツイ。
 すみません皆…。」

吸い込まれていくなかで、すみませんとただ謝り続けるダルイ。
全身を無念さに包まれ、もうダメかもしれないと思ったとき、
奇跡は起こります。

2.「だるい」を超えて(2)

「そろそろあっちへ乗り込むぞ、銀角。」

敵を片付けたと思って、油断した銀角は、
最後の一瞬を見逃していました。
背後から突然の一太刀。
紅葫蘆と七星剣を手放してしまいます。
訳が分からず応戦するも、
続いて投げられた幌金縄に当たってしまいます。
ダルイは拾い上げた七星剣で銀角の言霊を切り取り、
紅葫蘆を構えます。

「(確かに“だるい”だった…!
  吸い込んでる最中に一番多く口にした言葉が、
  二番目の言葉と入れ替わったと言うのか?)」

銀角も想定外の出来事。
吸い込まれる最中に、一番多く口にしたはずの「だるい」と
次点の「すみません」が逆転して吸い込まれなかった――と。
さらに奇跡はそれだけではありません。
もう一回でも口にしていれば今度は、
「すみません」で吸い込まれていたはずです。

「…確かに…言葉ってのは、
 嘘をつき人を騙すための道具かもしんねェ…。
 けどここぞって時言葉ってのは――
 ここん中の誠を伝える大切なもんになる。」

銀角に胸を親指で指し示してみせるダルイ。
言葉は大切なモノを伝えることもできるのです。

「だからこそアンタは今封印されんのさ。」

言葉を愚弄し続けた銀角。
最後はそのしっぺ返しを食らうことになります。
ダルイは七星剣と紅葫蘆にチャクラを吸い上げられながらも、
なんとか銀角を封じることに成功します。
あとは金角――
そう思って振り返ったダルイの目に、
おぞましいものが飛び込んできます。

「きさまよくも銀角を!!
 ヴヴ…!!」

まるで九尾の人柱力のように、
その禍々しいチャクラを身に纏った金角。

「金角がああなるのは久しぶりに見るな。
 つまり…銀角はやられたか。」

古参の角都は生前に金角が九尾化したのを見たことがあるのでしょう。
まだ四代目火影が陰のチャクラを封印する前の九尾のチャクラ。
その上、九尾の衣は尾六本。
狂気に包まれているとはいえ、それでも自らの意志を残している金角。
ダルイに打つ手はあるのでしょうか。