436 『平和』

1.平和(1)

いのいちはシカマルの「死体を運ぶ」という言葉で思い当たった事を話し始めます。
それは自来也が捕らえた雨隠れの忍二人の会話。

「その男は仲間と死体を運ぶ仕事をしていた。」

この男たちは雨隠れの里で一番高い塔にいつも死体を運んでいたのです。

「いいか…まず一つにチャクラ信号を送信する側はなるべく受信体の近くに居ることが常識だ。
 でだ…、その男は雨隠れにある数ある塔の中で、
 一番高い塔に死体を運んでいたことになるんだが…
 雨隠れではペインはその一番高い塔にいると噂されていたようだ。」

不気味に聳<そび>え立つ高い塔。
雨隠れでは本来は死者を供養する目的をもつ『塔』という建築物。
死体を運びいれること、そのこと自体は不自然ではないのですが――

「そしてペインとして現れた女…
 アレはその高い塔に死体として運びこまれた女の姿と同じだった…」

畜生道のペインとしていのいちが見たもの。
それは、紛れもなくユウダチ達が運んだ死体だった。

「その塔はチャクラ受信機である黒い杭のようなものを死体に埋め込んで、
 ペインを作る実験場にもなっていたって事だ。」

いのいちはこう結論づけます。

「チャクラ信号を送信するために一番効率的な場所――
 より広く遠くへ送信するために一番高い塔じゃなきゃいけなかったんだ!」

電波塔と原理を同じくして、チャクラ信号を送信するのに都合が良いよう高い塔を選んだわけです。
まさしくナルトの世界でチャクラとは我々の世界でいう“電気”に該当するもの。
と考えるとこのチャクラ信号とは電波ならぬチャクラ波ということで、
障害のない高層からのチャクラ波を受け取ったチャクラ受信機は、
テレビ電波塔から来た電波を拾ってテレビに鮮明な映像を映し出すアンテナと同じ役割をもつといえます。

「なるほど……という事はつまり
 ペイン本体はこの木ノ葉近くの一番高い場所に居るって事になる…。」

ついにペイン本体が居そうな場所の検討がついたわけです。

2.平和(2)

一方ペインに制されたナルト。

「お前は“何でこんな事をする?”とオレに問うたが…
 その理由をお前に話したところ何も変わりはしないだろう…。
 だがもう一度ゆっくり話をすれば……どうだろうな…」

里を破壊し、九尾を狙うペインの戦う理由など到底ナルトは受け入れられないでしょう。

「オレの目的はな…自来也先生も成しえなかった事だ…。
 さっきも言ったな…。平和を生み出し正義を成すことだ。」

しかし、ペインは自分の信じる正義を成すこと、
それが平和へとつながることを信じてやみません。

「平和…? 正義…? ふざけんな…ふざけんなってばよ…!
 オレの師匠を!! オレの先生を!! オレの仲間を!! オレの里を!
 こんなにしやがったお前なんかがそんな事を偉そうにほざいてんじゃねェー!!」

数々の悲しみを生み出し、多くの命や営みを奪い、
そこまでしてから生まれる“平和”に何の意味があるのか?
「偉そうにほざくな」というナルトの言葉にはそんな意味合いが含まれます。

「ならお前の目的は何だ?」

冷然とした眼差しでそう問いかけるペインにナルトは答えます。

「お前をぶっ倒して! オレがこの忍の世界を平和にしてやる!!」

しかしペインは言います。

「そうか…それは立派な事だ。それこそ正義だな。
 だが…オレの家族をオレの仲間をオレの里を――
 この里と同じようにしたお前たち木の葉の忍だけが…
 平和と正義を口にする事を許される訳ではないだろう?

平和と正義というもの、有り体に言われるそれは
戦いをそして自分の権利を正当化するための道具に過ぎないもの。

「火の国…そして木ノ葉は大きくなりすぎた…
 国益を守るため大国同士の戦争で自国の利益を獲得する必要があった…
 でなければ国…里の民が飢える。
 だがそれら大国の戦場になるのはオレたちの小さな国と里だった。
 その度に我々の国はは荒らされ疲弊していった。
 幾度かの戦争をへて大国は安定した。我ら小国に多くの痛みを残してな。」

結局は正義と平和の名を掲げては、
自国の利益を獲得するために、関係ない他の地をずかずかと蹂躙し、
多くの悲劇を“痛み”という刻印を残す形で生んでいった。
“国”とは多くの人がつくる共同体。
その人々の生活、営みを守るためにはどうしてもそうせざるを得なかったのか。
蹂躙された側の人々は、ただただ虐げられるばかりで、
雨隠れの里のようにいつも心の中には雨が降っていたのでしょう。

「お前もオレも何も変わらない。互いの正義のために動く。
 オレが木ノ葉に対してやった正義は…、
 お前がオレにやろうとしている事と同じだ。
 大切なものを失う痛みは誰も同じ。
 お前もオレもその痛みを知る者同士だ。」

何か大切なものを失う痛み――
それはとても耐え難い筆舌尽くしがたいものです。

「だが復讐を正義と言うならば、その正義はさらなる復讐を生み…
 憎しみの連鎖が始まる
 今、その事象の中に生き、過去を知り、未来を予感する。
 それが歴史だと知る。」

それぞれが生きる中で自分だけの“正義”を掲げて、
自分の生きやすいようにどうにかこうにかすることで人は手一杯である――と。
そしてそれは憎しみや悲劇の連鎖を繰り返すことに他ならない。
そうやって人間が作り上げてきた道が“歴史”だということでしょう。

「人は決して理解し合う事のできない生き物だと悟らざるを得ない。
 忍の世界は憎しみに支配されている。」

ナルトは自来也の言っていたことを思い出します。
憎しみが蔓延<はびこ>っている忍の世界――
憎しみを何とかすれば、人と人が本当の意味で理解し合える時代が来るはず――

「お前なら平和をつくるため、この憎しみとどう向き合う?」

ペインの問いにナルトは答えることはできません。

「………分かんねェ…そんな事…」

憎しみの連鎖を止めるにはどうすればよいか…。
ペインは自分が辿りついた結論をナルトに語ります。

「オレはな…その憎しみの連鎖を止めるために“暁”を立ち上げた。
 オレにはそれができる…そのためには九尾の…その力が必要なのだ。
 全ての尾獣の力を使い、この里を潰した数十倍の力を持つ尾獣兵器を作る。
 一国を一瞬で潰せるほどのな。本当の痛みを世界へ知らしめ、
 その痛みの恐怖で戦いを抑止し…世界を安定と平和へ導くのだ。」

大きな痛みは人々に恐怖と不安を与え、それが大きな抑止力になり、
結果人々は安定するというのです。
時が経ち人々がその痛みを忘れかけた頃、
所詮人は賢いとはいえない生き物、過去と同じ過ちを繰り返し痛みを知り、安定する。
その繰り返しによって平和が保たれるという長門の理論。
小南が「看る」と言ったように、長門は骸骨が浮き出るほどやせ細った身体で
チャクラの発信機となる黒い棒を埋め込み、蜘蛛のような補助装置に取り込まれた姿は、
その狂信的な思想の先鋭性をよく表しているといえます。

「…この終りなき憎しみの連鎖の流れの中に
 痛みにより一時の平和を生み出す事…
 それがオレの願いだ…」

3.平和(3)

「……だからって…そんな平和…
 そんなの嘘っぱちじゃねえかよ!!」

ナルトは“平和”に対する答えをペインのように明確に持っていません。
しかし、大蛇丸のもとへいったサスケを、必死で奪い返そうとしたナルトの根底には、
絶対に間違っているものへ徹底的に抵抗する精神が備わっているといえます。
世の中不思議なことに絶対正しいことよりも絶対間違っていることの方がほとんどです。
特に平和だの正義だのの大義名分は言葉に実が伴わず、
だから有り体に戦いの狼煙として掲げられてしまう側面をもっています。
だからこそ、長門はその真実性を求め、
己の信ず“本当の平和”を実現させようと躍起になっているわけです。
しかし、そもそも長門が求める“平和”とは本当に“平和”なのか。
人と人は本当に理解しあえないのか。
長門は何か大事なものをその“痛み”ゆえ見落としているのかもしれません。