綱手というキーパーソンを見る上で、「喪失」という言葉は欠かせないでしょう。

  • 火影となるまで
  • 自来也綱手にとってどのような存在であったか

心情変化などをそれぞれ見てみます。

1.五代目火影となるまでの変遷

豪胆、男勝りで勝気なその性格からは窺えないほど、
自来也の言うように綱手の胸の中には悲しみが詰まっています。
綱手は戦乱の中最愛の二人を失いました。
一人は実の弟の縄樹。火影を目指し、強くまっすぐな姿勢は姉として誇りだったはずです。
縄樹12歳の誕生日、綱手は初代火影であった祖父の首飾りをプレゼントし、額に口付けします。
縄樹に立派な火影になってほしい――そんな想いが込められていたに違いありません。
しかし、そのすぐ後縄樹は戦死してしまいます。
そして幾年か月日が経ち、時代はまだ戦乱の渦の中。
戦禍に巻きこまれ、大切な妹を失ったという似た境遇のダンに巡りあいます。
話し合ううちに意気投合。恋人になります。
そしてダンの夢もまたみんなを守る存在、火影であることを知った綱手は、
ダンに口付け、そして首飾りを渡します。
ですが、首飾りを渡して間もなく、ダンは綱手との敵戦線での任務中
綱手の目の前で斃れます。綱手の医療忍術を持ってしても助かることはなかったダン。
弟の死に折り重なるように続いた悲劇は、
一番救いたかった人を救えなかった絶望もあいまって、
血液恐怖症という形で綱手の心に大きな傷跡を残します。


時は流れ、長く里を空けて放浪を続けていた綱手は、
三忍の一人大蛇丸に会い、要求を呑めば愛していた二人を蘇らせてくれるという話を聞かされます。
一方でもう一人の三忍である自来也に出会い、五代目火影に就任してほしいという旨を伝えられます。

「…あり得ないな…。断る!」

しかし、綱手は即答でその話を却下します。

「…だがその四代目ですらすぐ死んだ…。里の為に命まで懸けて……。
 命は金とは違う…。簡単に懸け捨てするのは…、馬鹿のする事だ。
 私のじいさんも二代目も…、戦乱の平定を何より望んだらしいけど…
 結局は夢半ばに里の為に犬死にしただけだしね。」

忍の器は歴代一、頭脳明晰、容姿良く、人望に溢れた若き有能な火影。
しかし、その四代目波風ミナトですら、火影に就任して間もなく、
里を守る為に命をかけて死んでしまった。
酔いも回っていたのか、まるで歴代の火影が
金をかけるように命をかけていたような物言いをしてしまいます。
しかし、本当の気持ちは違ったはずです。
最愛の人すら救うことができなかった自分は火影に値しないと考えていた――。
そして何より、その愛する二人の純な願いや思いである火影に、
そんな自分がなることは二人に対して申し訳が立たないようで抵抗があった――。
悲嘆で満たされていた心が、卑屈な物言いをさせてしまったのでしょう。

「火影はオレの夢だから。」

ナルトのその一言は、縄樹、ダンと重なり、綱手の中の希望のようなものを呼び起こします。
三竦みの戦では「夢」を諦めず何度も立ち上がるナルトを見て、血液恐怖症を克服。
戦後は首飾りをナルトに託し、その真っ直ぐな想いを応援するように口付けします。

「やっぱりこの想いは朽ちてくれないんだよ。」

二人への想いが消えることはないし、心の傷も癒えることはない。
でも、そこにはかつて愛した縄樹やダンのように、
夢を追いかけ挫けずに懸命に前を向いている人たちがいる。
守るべきは現在と未来。
その強き思いが過去ばかりを向いていた彼女を
五代目火影として奮い立たせているのではないでしょうか。

2.自来也の存在

さて、そのような変遷を辿ってきた綱手にとって自来也とはどういう存在だったのでしょうか?
ペイン戦前の最後となってしまった自来也綱手のやりとりを中心に見ていきましょう。

「…あり得ないな…。断る!」

そんな感じで、言い寄られてはふってきた綱手ですが、
恋人として、つまり男と女は意識していなくても、
半蔵戦で深手を負っている自来也に肩を貸すなど
信のおける仲間、友達として厚く想っていた節はあります。

「お前にまで死なれたら…私は…」

時が経ち、以前は自来也にかけることのなかったような言葉も、
口にするようになっていったのは
仲間に対する意識からゆるやかにですが変化してきたということでしょう。
それは綱手自身が少しずつ何かに気づきはじめたということでもあります。
それは恋愛や男女の情とは似ているようで少し違ったものでしょうか。

「泣いてくれるのか? 嬉しーのォ。
 でもダンの時ほどじゃねーだろーのォ。ワハハ」

という返し方に、伏せ目がちに

「馬鹿が」

と言いますが、綱手にしてはしおらしい反応です。

「そん代わりワシが生きて帰って来た時は…」

綱手の賭けは必ず外れる。だから自来也は自分が死ぬ方に賭けろと言います。
そしてもし賭けが外れて、自分が帰ってきたら…
という言葉に綱手はドキッとしたような表情を見せます。

「ゲハハ冗談だ、冗談! お前には感謝してる。」

綱手は少し解釈に戸惑う顔をしています。
「お前には感謝してる」という言葉に対してでしょうか。

「男はフラれて強くなる。
 よーするにそんなことは笑い話にするくらいの度量がなけりゃ男は務まらん。
 ネタにするぐらいじゃないとの。」
「強くあるのが男の務めか?」
「まぁのォ。それに幸せなんて男が求めるもんじゃないのォ。」
「………」

自来也は何に対して「冗談」と言ったのでしょうか…
「生きて帰ってきたとき」という文脈から「冗談」につながるその間には、
「フラれて」しまうことが想定されていたといえます。
そして、「それでも結構。笑い話にするくらいの度量が自分にはある。」
自来也は言っているのです。
綱手もこの“間”や自来也の言わんとしていることを理解しています。
だからこそ一瞬言葉を失った。そして次のように返すのです。

「フン…何格好つけてやがる。女がいなけりゃフラれることも出来ねーくせに。」

フラれ続けたことで結果として自来也は“男”として強く大きくなった――
そして自分を大きくしてくれた“女”に感謝している。
「お前には感謝してる」とは、様々な意味合いを含みながらも、
自来也の永劫変わらぬ綱手への想いが込められているのです。
そして綱手は否が応でも、自来也を“男”という視点で考えることになったのです。

「………カッコつけやがって…。
 帰ってきたら…、そろそろカッコつかなくさせてやるかな…」

そうして考えてみた結果、“男”として自来也を受け入れることができた。
自来也の帰りを待つ場面、
「カッコつかなくさせてやる」とは、「フラない」ということです。
恋心とまではいかないかもしれません。
しかし、大切な人であるという認識が綱手の中ではっきりしてきた――
そう、失いたくない人なのです。

「あいつは帰ってこない…。私はそっちに賭けた。
 私の賭けは必ずハズれるからな。」

だからこそ不安も大きく膨れてしまう。その不安を打ち消そうと、
今までしたことがない、精一杯の笑顔をつくってしまうのです。

「バカヤロー……」

帰ってきたら、今度こそはその想いに応えようとしていた。
でも――帰ってくることはなかった。
また綱手は失いたくない最愛の人を失ってしまうのです。
ダンのときと同じく、止め処のない涙が頬を伝います。