654『うちはオビトだ』

1.うちはオビトだ

差し出されたナルトの手。
オビトは、ややあって、目を瞑り、
差し出された手を繋ごうとするように見えましたが、
そのままナルトの首を掴みにかかります。

「オレはそちら側に行くことはない…!
 今までの道に後悔もない。」

しかし強がる言葉とは裏腹に、
揺れる心がしっかりとナルトには見えています。

「…ちゃんと見えたって…言ったろ…。」

思わずハッとするオビト。

「だったら…、…今さら…
 火影の自分なんか想像すんな!!」

次の瞬間、ナルトの拳がオビトを突き飛ばします。
ふと目をあげるとそこには昔の自分が立っています。

「リンが見守りたかったのは、
 今のお前じゃねーよ。
 うちはオビトだ。」

真っ直ぐで前向きな想いをもって
夢を見ながら、仲間に囲まれ輝いていたあの頃の自分。
それがナルトと重なったのです。
そしてそのまま幻の世界は、
昔のミナトやカカシ、そしてリンも映し出します。

「また、お前のせいで遅刻だな…オビト。」
「行くよ、オビト。」

リンに手を引かれながら、
彼らのもとへ赴く昔の自分。
幻のリンは"彼"を見向きもしません。

「そう…。その心の穴は自分で埋めればよいのだ。
 他人など何の力にもならん。」
「来て…。私は無視したりしない。」

一方で、現在、自分が望んでいる未来――
それが彼らの姿を借りておどろおどろしく囁きかけます。
目指すべきもの、叶えたいものだったはずなのに、
一瞬たじろぐかのようなオビト。

「ちょっと待って、リン。」

昔の自分がリンを引き留めます。

「そう…。
 今のお前じゃリンには見向きもされねーよ。
 リンが見守りたかったのはうちはオビトだ。
 …もういいだろ。…オレは――うちはオビトだ。」

揺れ動く心。戸惑う自分。
いったい何が正しいのか――
しかし、知らない間に昔の自分の手を握っていました。
その手の先にはナルト。

「いいから来い! コノヤロー!!」

どこかでうちはオビトであることを捨てられなかった。
いや捨てたくなかったその潜在的な心理、本能――
オビトは絶望の世界を覆す絶対の存在であると強がりながら、
どこかで自分の進んでいる道は間違いだったのじゃないか、
本当に正しかったのか、問いかけていたはずです。
どんなに力をつけてても、満たされない心――
"うちはオビト"という自分を自分で認めていなかった。
過去のひたむきだった自分を認めていなかった。
リンに認められていた自分を認めていなかったのです。
そしてそのことに薄々は感づいていた。
誰よりも認められたいと思っていた存在に、
認められていた自分を放棄していたのです。
引っ張られる手を振りほどかないで佇もうとするその手こそ、
彼の弱さと思われたものがが強さへと変わった瞬間。

「皆の力を――なめんなってばよ!!!」

現実を生き抜こうとする力。
誰かを助けようと協力する力。
皆の力――
それは十尾でさえも凌駕します。

「抜けたァー!!!」

十尾を形作っていたチャクラは、引き抜かれ、
それぞれの尾獣へと姿を変えていきます。

「オレは…負けたのか?」

堕ちてゆく身体。
――『大きく開いた地獄の穴を月の夢が埋めてくれる』
――『独りで妄想ばかり穴に詰め込んでみても
   心の穴が埋まる訳がないんだ』
――『心の穴は皆が埋めてくれるもんなんだよ』

「行こ…。」

そういって笑顔で手を引いてくれたリン。
その姿を夜空に探すように手をかざして、
今の己を見つめ返すのです。

「リン…」