653『ちゃんと見てる』


ナルトが本当の大人になったんだと思わされる回です。

1.ちゃんと見てる(1)

「うちはオビトだと…
 今さらその名に…その存在に何の意味がある?
 十尾と融合した今、超越者として悟りに至ったのだ。
 つまりオレはもう人ではない。
 次の段階へと人々を導く者。
 六道仙人と同じ意志…体を同じくする…
 第二の六道仙人だ。」

あくまで過去の自分とは決別し、
もはやうちはオビトは存在しないと主張するオビト。
六道仙人と思想も行動も一緒であると――
そう豪語するのです。

「違う! お前はうちはオビトだ!
 さっきチャクラがくっついて…
 お前の過去が見えた。
 アンタとオレは生い立ちも火影目指したのも一緒だ。
 本当にそっくりだ…
 両親を知らなかった事も…
 自分にとって大切な人がいなくなったのも。
 だから一番恐えーのが孤独だってオレを脅した。」

とナルト。
いくら表面ばかり着飾って六道仙人を演じてみたところで、
うちはオビトであることから逃げているだけ――

「アンタも最初は誰かに認めてもらいたくて、
 ほめてもらいたかった。
 それがほしくて火影を目指したハズだ。
 オレと同じなら!」

誰かに認めて欲しい――
孤独だったから、
人一倍誰かから認めてもらえることを渇望していた――

「アンタの今を見てみろよ!
 忍全てを敵にして世界の為だとか何だとか
 へりくつこねて自分の都合でやってるだけじゃねーか!!
 誰からも…その大切な人からも認めてもらえねーんだよ。
 今の夢は!!」

でも現実はそうは簡単にいかなかった――
頑張ったからその分の報いが受けられると思っていた。
でも惨たらしい別れが待っていただけだった。
どうせ誰からも認めてもらえないなら、
絶望だらけのこの世界を否定しよう――
そんな短絡的な想いからだったのかもしれません。

「オレと同じ夢持ってたアンタが、
 火影とは真逆になっちまった!
 オレとそっくりだったからこそお前が――」

自分の思う通りにいくことばかりではない――
だけど今日を明日を信じて一生懸命前を見続け生きる――
そこには辛く悲しいこともあるでしょうが、
仲間との日々や自分の夢が成就する日々もあるでしょう。
そんな"現実"を見ることを止め、頑張ることを諦めた者を、
誰も認めることなどできません。

「いや…だったからこそ――
 オレはこの世界に絶望するお前を見てみたかった。
 イヤ…もう一度実感したかったんだ……。
 オレ自身の進むべき道が間違っていないことを。
 …お前と闘っていると…、
 お前はかつてのオレを思い出させた…。
 だから試したくなったのだ。
 そっくりだったお前がいつ絶望するのかと。
 今までの想いを捨てきるまで。」

とオビト。
自分が進んでいる道が間違っていない事――
それを自分と似たような境遇をもつナルトが
絶望する様子を見ることで、確認したかった、と。

「オレは…
 そっくりだったからこそむかつくんだ!! お前が!
 全部捨てて逃げてるだけじゃねーかよ!!」

その眼は現実を見ずに、夢幻を見ようとしている――
そこにはただうちはオビトという自分から
"逃げている"だけだという事実がはっきりしているのです。

「イヤ…オレのやっている事は火影と何ら変わらない。
 …それ以上だ…平和を実現できるのだからな。」

言い訳がましいそのオビトの弁明を、
ナルトはきっと睨みながら訊き返します。

「…お前…本気で言ってんのか。ソレ…?
 …本当の本当にそう思ってんのか?」

ナルトの強い眼差しに
オビトは思わず目を逸らしてしまうのです。


2.ちゃんと見てる(2)

「リンがオレを救ってくれるって事はつまり、
 それは世界を救うって事と同じなんだよな。」

いつかの想い出――
リンが怪我したオビトを介抱してくれたあの時を
オビトは思い出します。

「え?」

きょとんとするリンにオビトは誇らしげに説明します。

「だってホラ…。
 オレは火影になってこの戦争を終わらせる訳だろ!
 それにはオレがこの世で元気でいないと。
 …意味分かる!?」

オビトは火影になることを夢みて
努力している姿をアピールしながらも、
遠回しに好意を伝えようとします。

「うん…!
 分かりにくいけど…」

と少し弱めに頷くリンを畳み込むように
言葉を継げますが――

「それにはやっぱ…
 何て言うの…
 オレの事ずっと側で見ておいてくれないと…。
 …つまり…その…」

と肝心なところで言葉が詰まります。
そんなオビトの顔を
何も知らないかのように覗き込むリンの表情。
まだ鮮明に記憶として甦ってくるのです。

「…そうだ…そう思ってる。」

目を瞑り一呼吸おいた後、
ナルトの方を見ながらもう一度言葉を強く出します。

「行き先もハッキリせず、
 わざわざ険しい道だと分かっていて歩くことはない。
 仲間の死体を跨ぐだけだ。
 ハッキリした行き先があり近道があるなら、
 誰でもしちらを選ぶ。
 そう…火影の目指すべき行き先は世界の平和だ。」

とオビトは言います。
しかし、それは愚かしいほどの詭弁。

「何言ってんだ、お前…。
 オレが知りてーのは楽な道のりじゃねェ。
 険しい道の歩き方だ。」

明確な目標があって努力する――
そして近道やコツを見つけるのも良い。
でもそこに何が伴うのかいつだって考える必要がある。
平和といっても様々。
オビトが望む平和が本当に"平和"だといえるのか――
ヘリクツをこねくり回して、平和という言葉を利用して、
いくら自分を正当化しようとしたって、
それはただの詭弁に過ぎない。

「その2つの道の行き先が同じだとしても、
 …そう言えるのか?」

とオビト。

「一方が険しい道だって最初に誰が教えてくれんだよ?
 結局、誰かが逃げずにやらなきゃなんねーんだろ。
 火影ってのは痛ェーのガマンして、
 皆の前を歩いてる奴のことだ。
 皆の為にどん詰りを壊していく奴のことだ。
 火影になるのに近道はねェ!
 そんで火影になった奴に逃げ道はねーんだ!!」

とナルトは力強くはっきりと言います。
傷を受けながらも、前を向いて、
身体を張って目の前の困難を乗り越えていく――
火影も生きることも一緒です。
現実から逃げずに、目を背けずに、進んでいく。
そこに"近道"と呼べるものがあるのでしょうか。
"答"というものが存在しないかもしれない。
でもそれを信じて進み続ける勇気。
それを支えてくれる希望。
たとえそれが絶望という困難で崩れそうになっても、
それを"諦めない"姿勢こそ、
いちいち考えずに皆が当たり前に、
そして一生懸命に頑張っている姿。
そこには様々な正義が存在する。
諍いや衝突もあるでしょう。
悲しみや孤独、絶望も生まれる。
でもこの世界はそれだけか――
ナルトは理解しているのです。
それを自分勝手な都合で否定しようとすることこそ
"諸悪の根源"だと。


3.ちゃんと見てる(3)

「ちょっとヘマしちまった。
 目に砂が入っちまって…」

と簡単に傷をつくったオビトを、
リンは不満そうにキッと睨みます。
少し竦んだような表情をするオビト。

「ハハ…!
 男にゃキズの一つや二つ、
 体に刻んどかなきゃ箔付かねーし!
 ちょうど箔付けとく頃合いだと思ってよ…
 だからこんな傷…」

和まそうと誤魔化そうとしても、
リンの表情は変わりません。

「強がって傷を隠してもダメ。
 ちゃんと見てんだから。
 オビトは火影になるって私に約束した。
 いい…私だってこの戦争を止めたい。
 世界を救いたいと思ってるよ。
 だからオビトの事…
 側でしっかり見守るって決めたの。
 アナタを救う事は世界を救うのと同じなんでしょ。」

まっすぐなリンの瞳と言葉。
オビトはリンに認めてもらえたことが嬉しくて、
涙を堪えるのが精一杯です。

「私が…見張ってるって事は、
 もう何も隠し事はできないよ。」

リンの言葉に頷くだけしかできないオビト。

「がんばれオビト!
 火影になってかっこよく世界を救うとこ見せてね!
 それも約束だよ! 行こ!」

ようやく微笑んで見せたリン。
繋がれ引かれゆく彼女の手を握りながら、
オビトはあの日誓ったはずです。
自分の言葉に責任を持つと――
自分の手を遠い目で見返すオビト。

「…お前…仲間の想いや思い出を全部捨てるって
 カカシ先生に言ってたみてーだけどよ、
 十尾の人柱力になって、
 そいつに乗っ取られそうになった時、
 それがイヤで十尾を
 抑え込もうとしたんじゃねーのかよ。」

ナルトはオビトが自分自身を、
リンやカカシたちとの大切な思い出を、
捨てることをためらい、
本当に"オビト"でなくなることを
回避しようとした行動を鋭く見抜きます。

「十尾に勝って、それを自分で操れたのは…、
 今までの事を捨てたくねェーって
 ふんばって自分のままでいたからだろ。
 お前…やっぱり四代目<とうちゃん>も、
 カカシ先生も、リンって人の思い出も
 捨てられなかったんじゃねーのか?
 …だから十尾の人柱力になっても、
 オビトのままでいられたんだろ。違うかよ…?」

ナルトの言葉が胸に鋭く突き刺さります。

「けど皆を巻き込んで、
 お前の道をこのまま突き進むのは
 許される事じゃねェ!
 こっちの道へ来て、
 うちはオビトとして、
 木ノ葉の忍としてキッチリ罪を償ってもらう。
 何もかもから逃げようとしやがって…、
 リンって人が生きてたらきっとこう言うだろうな。
 強がって自分を隠すなって。
 ちゃんと見てんだかっらてよ。
 お前はお前以外じゃねェんだからよ。
 もう逃げんな。
 お前こそこっちへ来い!
 …オビト。」

ナルトはそういって
オビトの前に手を差し出すのです。