守鶴の人柱力であった僧侶、分福が掴んでいた一つの幸せの形。
そこに到達できる人は少ないかもしれませんが、
人間の本質は本来そこに行きつくのだと、
彼は見抜いていたのです。

660『裏の心』

1.裏の心(1)

「(そうだ。この九喇嘛状態を解けば…!!)」

首根っこをマダラに抑えられた九喇嘛とナルト。
しかし、マダラは完全にナルトを死に体にしています。

「無駄だ。一度捕えたら放しはせん。」

もはや万策尽きたか。
どう足掻こうにも自由がきかない事を悟るように、

「ダメだ!
 (九喇嘛がオレん中へ戻らねェ…!!)」

とナルトがこぼします。
無理矢理引きずり出されていく九喇嘛を
このままみすみす手を拱<こまね>いて待つだけか――

「ちくしょう…後ろへ!!」

いったん後ろへ退避したナルト。
なんとかマダラの手から逃れます。

「マダラ様!
 一尾から順に入れるんですよ!」

マダラがぞんざいに尾獣を扱う様子を見て、
確認するように白ゼツが言います。

「分かっている。」

とマダラ。もちろん外道魔像を理解しています。
己の力を誇示して見せただけのことです。

「人柱力から引き剥がす尾獣が
 ちょうど後半の八尾と九尾なら、
 その間、もう一尾から七尾までは
 ぶち込んじゃったらどうですか?」

と白ゼツ。

「なろオオッ!!
 九喇嘛を取られてたまっかよォ!!」

再び闘志を燃やすナルト。

「そうだな。
 思ったよりなばりそうだ…。
 まずは…こいつらからだ。」

マダラはいったん攻撃対象を変えます。
一気呵成で七尾以下の尾獣たちを
順番に仕留めていく構えです。

「守鶴は――渡さん!!」

そうはさせまいと我愛羅
《砂漠・叛奴》――渾身の砂の術。
砂の大きな手で掌握してマダラを捕えます。
守鶴とは良い思い出ばかりではありませんが、
今では大事な存在としてとらえている我愛羅

「お前が眠りに入ったら、
 オレ様がお前の心と体を乗っ取り、
 お前ら人間を皆殺しにしてやる!!
 うかつに熟睡しない事だ。」

守鶴は人間と理解し合う気など毛頭無かった――

「お前は…人間が嫌いなの?」

幼き我愛羅に守鶴が言います。

「ああ! 大嫌いだ!!」

しかし我愛羅は幼き心の純粋さからか、
不思議そうに訊き直します。

「…でも…お前はボクの里を
 守る為に居るんでしょ?」

しかし、それは人間たちの都合。

「誰が好き好んでお前らなんかを守るか!
 お前ら人間はオレ達以下だ!」

と守鶴は吐き捨てるように言います。

2.裏の心(2)

遠き昔のこと――
守鶴はかつての"特別な"人柱力を思い出します。
牢屋に封じ込められた一人の老いた僧侶。
そこに投げ入れるように食事を渡す砂の忍。

「何で上役になってまで、
 こんなうす気味悪い坊主の見張りを
 しなきゃならんのだ!?」

無下に扱われながらも
差し出された食事に感謝するように手を合わせる僧。

「まったくだが人柱力の見張りを任されるのは
 力を認められている証拠…。
 …今は我慢しろ。」

そんな尊厳を欠いた蔑みや
無情な会話がかわされる中、
この僧侶はけっして憎しみなどを表しません。

「クソ坊主…。お前はもう自分の名前ですら
 呼んでもらえなくなっちまったな…。」

見兼ねた守鶴が内面から語りかけます。

「それは別に良いのです。
 アナタが私の本当の名を知ってくれていますから。」

と僧侶。

「いくら坊主でもお前を嫌う人間共に手を合わせ…
 獣のオレ様なんかを相手にいいかげん寂しくねーのかよ。
 生まれてこの方、人間嫌いの獣と一緒に檻の中でよ。」

と守鶴はこの僧侶の境遇を
多少なりとも同情というか、
嘆かわしく思っている様子です。

「どの道私はアネタと離れた途端に
 死んでしまいます。
 人柱力ですから……。
 そもそも人間と獣…
 それらを分ける必要はないのです。
 何であれ心の友がいれば、
 心の平和が満たされるのです。」

と僧侶。
人間もまた獣。そこに何ら隔たりはないとします。
大切なのは、心の平和。
心の平和とは心の友の存在によって確立される――と。
いかなる災厄があろうと、それさえあれば、
自分という存在がいることが満たされている――
何かと争うとか、憎しんだり、恨んだりする心は
涅槃寂静の中に掻き消えるのです――。
でも、それは独りだけの世界での話。
大切なものはそれだけではないはずです。
もちろんこの僧侶は理解しているでしょう。
それゆえに"感謝"という形で、
外界へ働きかけているのかもしれません。
それが薄気味悪がられても、
その祈りと真心の証である合掌を辞さない理由でしょう。

「まったく変わったクソじじいだぜ。
 お前みたいな人間は
 これからもいやしねーだろうよ。」

と守鶴。そんな殊勝な僧侶を少なからず認めている様子。

人の心とは水鏡…
 …本心とは裏腹に口を開き、揺れ動くものです…。
 ですが元来人間の持つ裏の心は、
 受け入れあう事を望んでいるのです。
 獣ともです…」

水鏡のような波立ち揺蕩いながらも映し出す心。
それが人間の弱き姿であり、
そして理解を示そうとする裏の姿でもある。
波立つ波面を隠そうとしても、
決して穏やかにおさまることはありません。
時機に静まり、姿を綺麗に映し出します。
過ちの波が本来の人間の姿を揺らがせたとしても
映るべき姿は歪んではいない――
正しき心は誰しもあるはずなのです。
そしてその心は人間のみでなく、
尾獣たちにもあるとこの僧侶は見抜いています。

「お前やっぱ…
 六道仙人のじじいに似てるな…」

と嘆声をもらすかのように、
守鶴が言葉をかけると、
僧は涙を流します。

「ありがとう…。
 今までアナタから頂いた言葉の中で、
 一番うれしい言葉です。」

温かい贈り物を与えてくれる
心の友足り得る所以です。

「オラ! さっさと食えよじじい!!
 片付かねーだろ!」

心なき者の無情な言葉が聞こえます。

「ケッ…。
 本当にお前みたいな奴が
 他にいるとは思えねーんだがな…。」

と守鶴。

「きっといます…。
 そしてアナタにはアナタを守り、
 救済し導く者が必ず現れるでしょう。
 そしてその者の裏の心を受け入れた時
 アナタも悟るでしょう……。
 私の師が、私の手の中へ刻んでくれた
 言葉の意味を。」

僧は左の掌と右の掌を大事に合わせます。
左の掌には『受』。そして右の掌には鏡文字の『心』
二つを重ね合わせればそこには『愛』が生まれます。
そう。心を受けると書いて"愛"。
愛とはそういう事なのです。

3.裏の心(3)

守鶴への想いを強める我愛羅

「お前の事は今まで疎ましく思ってきた。
 だが人柱力であったからこそ、
 ナルトに会う事ができた。
 …お前に感謝することが一つだけできた。」

守りたいと思う大切な者――
その大切と思わせるものは何か――
心を与え受け入れてくれたもの。
その"友"と呼べる存在を想えば
我愛羅は感謝の念に包まれます。

「砂のガキめ…
 そんなにかつてのペットが帰ってきて嬉しいか?
 人柱力で死ぬ訳でもないのに
 邪魔しやがって!」

と白ゼツが喚きます。
須佐能乎を解放し、
術の詠唱中の我愛羅を攻撃するマダラ。

「オレ様のモットーは絶対防御だ!
 守鶴としてのプライドもあるんでな。」

それを砂の壁でガードしきる守鶴。
ここから我愛羅と守鶴の連携攻撃が
始まるかに見えましたが、
マダラは砂の掌から逃れると
有無を言わさず守鶴を捕えようと
チャクラの鎖を巻きつけます。

我愛羅。無理すんな…」

鎖を振りほどこうとする我愛羅に、
守鶴は声を掛けます。

「オレは人柱力でなくなった。
 やっと…お前と対等に夜更かしができる。」

やっと理解し合えた大切な存在。
我愛羅は守鶴を尾獣としては見ていません。
その心を素直に受け入れるように、
守鶴は微笑みます。

我愛羅…お前は、
 分福に似てるな。」

かつて自分の境遇に嘆くことなく
殊勝に生き抜いてみせたあの僧"分福"を
我愛羅に重ねるのです。
しかし抵抗の甲斐なく
無情にもすべての尾獣が
再びチャクラの鎖に囚われてしまいます。

我愛羅のガキ!!
 頼みがある!!
 分かったな…我愛羅!」

九喇嘛は外道魔像へ引き込まれる中
ナルトの実体を切り離し、我愛羅へ渡します。
ついに九喇嘛を引き抜かれてしまったナルト。
かつてない死の宣告がナルトを襲います。