625『本当の夢』

1.本当の夢(1)

「弟を殺すか、自害しろだと!?
 ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。
 この…」

激しく憤る千手の忍。
それを柱間が制します。

「言ってることがムチャクチャだ!
 どうするんだ、兄者!?
 …このオレを殺すのか?
 それともこんな奴のたわ言の為に死ぬのか?
 バカバカしい…耳を貸すな、兄者!」

理解はできないが、
兄がマダラも友として
大切に思っていることは知っている。
扉間は兄柱間を窺います。

「ありがとう、マダラ。
 お前はやっぱり情の深い奴だ。」

とだけいい、鎧をとって装束のみになる柱間。

「(マダラはちゃんと選択肢をくれたのだ…。
  弟を殺さないでいい選択肢を…。
  奴も分かっていた。
  弟を持つ兄としての心の内を…。)」

弟を殺さないで良い選択肢を残してくれた――
そのことに感謝しながら。
そして自らの腹にクナイを突き付けます。

「いいか扉間…。
 オレの最後の言葉として、
 しっかり心に刻め。
 オレの命に替える言葉だ。
 一族の者も同様だ。」

柱間のただならぬ雰囲気に
誰一人として言葉を挟めません。

「オレの死後、決してマダラを殺すな。
 今後、うちはと千手は争うことを許さぬ。
 皆の父とまだ見ぬ孫達に賭けて誓え。
 さらばだ。」

そう朗らかな顔で皆に伝えた後、
腕を振り下ろそうとしたその時、
ぐいっと何かがそれを止めます。
動けず地面に倒れ込んでいたマダラが起き上がり、
それを止めたのです。

「もういい……。
 お前の腑は…見えた。」

柱間の自身を犠牲にしてまで
うちはと千手の安泰を願う気持ちと覚悟――
それに思わず惹き込まれてしまい
自刃しようとする柱間の手を止めてしまった、
というのがマダラの心情でしょう。
意地を張ったところで、何も変わらぬ――と。
このときは柱間の理想を認めたのです。

「夢のようだった……。
 うちはと千手が手を組んだのだ。
 もう多くの犠牲が出る事もない…。
 多くの子供の死も必要なくなる……。
 そしてオレ達は里づくりを始めた。
 その後、火の国と手を組み、
 国と里が同等の立場で組織する
 平安の国づくりも始まった。
 とにかく夢のようだった。」

こうして大きな勢力同士が友好関係を結ぶことで、
紛争状態にあった国は平定していき、
安寧の時がようやく訪れたように感じていたのです。

「覚えてるか…。
 ガキの頃にここで話したこと。」
「ああ…。」

幼き日、共に理想を語り合ったその場所に、
いままさしくその理想が実現しようとしています。
感慨に浸る柱間とマダラ。

「アレはただの夢の話だと思ってた…。
 掴もうとすればできないことはなかったってのに、
 オレは…。」

風に流れてきた木ノ葉を掴み、
マダラは言います。

「これから夢が現実になる。
 …火の国を守る影の忍の長…、名を火影。
 どうだ?」

と尋ねる柱間。

「火の国から里の代表を決めるよう要請があったんだ。
 お前に長をやってほしいと思ってる…。火影を。
 もうお前に兄弟はいないが…、
 この里の忍達は皆お前の兄弟だと思ってほしい。
 しっかりと皆を見守ってほしいんだ…。」

そう託すようにマダラに語りかけます。
柱間としては、マダラの心の隙間を埋めるものが、
里の皆であった欲しいと願ったのでしょう。

「うちはの兄弟すら守れなかったこのオレに…」

と狼狽えるマダラに柱間は言います。

「弱気になってるヒマなんてないぞ。
 うちはに千手はもちろんとして、
 猿飛一族に志村一族も仲間に入りたいそうだからな。」

膨らむ希望と夢に比例して、
里はどんどん大きくなっていく――

「そろそろ里の名前も決めないとな。
 何か案あるか?」

と楽しそうに柱間。
マダラはいま手に持っている穴の開いた木の葉から
出来ていく里を覗きながら言います。

「木ノ葉…隠れの里…てのはどうだ?」

木ノ葉隠れの里はマダラによって命名されたのでした。

「…単純ぞ……。
 ヒネリもないぞ…。
 見たままぞ……。」

と落ち込んで見せる柱間に、

「火影とどこ違うんだ、ゴラァ!!
 てかまだ治ってねーのかその落ち込み癖!!」

と思わず突っ込みを入れるマダラ。
まるで昔の二人に戻ったように、
"千手"と"うちは"を超えて、
ようやく二人は仲を撚<よ>り戻せたのです。

「火影ってのは里にずっと居て、
 皆を守る役目って事か?」

とマダラ。
その役目に対して嫌とは思っていないようです。

「それもあるがそういう意味だけじゃない。
 これから里づくりが本格化するにあたって、
 火影も忙しくなる…。
 だからお前のデカイ顔岩をこの足元の岩壁に彫る。
 この里を守る象徴ぞ!」

と柱間。

「…冗談だろ…。」

と若干困惑するかのようなマダラ。

「顔がイカツすぎるから、
 ほんの少し手を加えるけどな!」

そう言って柱間は笑います。
昔の頃に戻ったように、
いつまでも話が弾む二人でしたが、

「ここに居たか…。
 こんな所で何油売ってる!
 火の国の大名達が会談に来る頃だぞ!」

扉間が柱間を呼びに来たことで、

「…扉間か…。」

マダラはまた"千手"と"うちは"の差を
意識してしまうのでした。

2.本当の夢(2)

マダラと別れ、会談場に近いと見られるある部屋の中。

「火影だと!?
 何を勝手なことを!
 マダラを長の候補として推薦するまではいい。
 …だが決定は火の国と里の民意を聞きつつ、
 上役と相談して決める!
 もう父上の時とは違う!」

民意を大事にすべきだ――
そう言って兄柱間に食ってかかるような扉間。

「…しかし…」

"うちは"と"千手"を対等にしたい柱間は、
敢えて"うちは"の顔を立てたいのです。
柱間の言葉を遮るように扉間は言います。

「そして…うちはマダラが長に選ばれることはまず無い。
 皆分かってる…。
 里をつくった立役者は兄者の方だと…。
 それは…うちはの者達まで言ってる事だ。
 それに…兄者はうちはの噂を知らないのか?
 奴らの瞳力は憎しみの強い者ほど強く顕れる。
 …写輪眼がそうだ。
 何をしでかすか分からぬ連中だ。
 …これからの里にとって…」

と扉間はあきらかに"うちは"を牽制しています。
蔑ろとまではいかないまでも、
かつての仇敵"うちは"を快くは思っていません。

「そういう言い方はよせ! 扉間。」

言葉に滲み出てくるその弟の心情を、
叱咤しようとしたとき、
何者かが居た気配に気づきます。

「ここに誰かがいたような気がしたぞ。
 扉間…。お前なら分かるだろ。」

敵の気配ではありませんでしたが、
何者か気になります。

「イヤ…。今はチャクラを練ってない…。
 話をそらすな兄者!」

と扉間。
窓を開けてみると、
階下の瓦屋根に穴の開いた木葉があります。
そこに居たのが何者か気づいた柱間。
扉間は敢えてそこに居た者に聞かせるように、
話をしていたとも思えます。

「これからは民主的な運営をやっていく…。
 異議はあるか?」

とする扉間。

「イヤ…。それでいい。」

とだけ柱間は答えます。

歳月は流れ、結局、岩壁には柱間の顔岩が彫られました。
火影となった柱間はマダラと会っていました。

「これはうちはに代々伝わる石碑。
 他族に見せた事は一度もない。
 解読するには瞳力が必要な特別な読み物だ。
 今オレが解読できるところまでにはこう書いてある。
 "一つの神が安定を求め陰と陽に分極した
 相反する二つは作用し合い森羅万象を得る"
 これは全てに当てはまる道理だ。
 つまり…相反する2つの力が協力することで、
 本当の幸せがあると謳っている…。」

マダラに連れられてきたのは、
うちはが祀る特別な石碑の前。
マダラはその文言に秘められた意味を、
柱間に聞かせます。
陰陽、相反する力――
安定を求めて分断されたはずの両極の力は、
結局は互いに作用し合うことで自然が形作られる――
だとするなら、陽の中の陰、陰の中の陽は
それぞれが大切な存在であり、もっともあるべき姿だと。

「だが…別のとらえ方もできる。
 柱間…オレが何も知らないと思うか…?」

と尋ねるマダラに、
真摯に柱間は答えます。

「扉間の事はオレに任せてくれ…。
 お前無しではやれない…。
 ……火影の右腕として、
 兄弟として共に協力してくれ。
 いずれ民もお前の良さに気付く…。
 その時二代目火影として――」

柱間が民に選ばれるだろうことは、
重々理解していました。
そして、マダラは自身でも民に選ばれることなどないことも。
むしろ疎まれるように思われていることも。
築き上げた里にはマダラの求めるものなどなかったのです。

「お前の後、おそらくあの扉間が火影となろう。
 そうなればうちははいずれ消されていく…。
 それが分かっていて里を出るよう
 うちはの他の者に声をかけたが…、
 誰一人オレに付いてくる者はいないようだ。
 弟も守れなかった…。
 一族を守ると弟と交わした約束も守れそうにない……。
 守りたい同族からも信用されていない…。」

とマダラ。

「そんなことはない…!
 皆直ぐに…」

と引き留めようとする柱間ですが、
マダラは首を横に振ります。

「あの時…お前に"弟を殺せ"と
 断定するべきだったかもな…。
 お前はオレを兄弟だと言う…。
 だが里のためにどちらを斬れる。」

結局は千手とうちはに立ち返らされるのです。
何も叶っちゃいない。
マダラは孤独と絶望の中で、
柱間の叶えようとした理想と、
自分の願う理想がかけ離れていると感じ始めたのです。

「…オレはお前の事をよく分かってるつもりだ。
 これ以上は無理だ…。
 オレは里を出ていく。
 オレは別の道を見つけた。
 腑を見せ合ったからこそ見えた…。
 協力とは言わば静かな争いでしかない。」

とマダラ。

「そんな事はない!
 オレがそうはさせん!」

柱間が豪語します。

「現実をどうとらえるかだ、柱間……。
 …ただ卑屈なのはヤメにしよう…。
 この世はただの余興と見る方がまだ健全だ。
 オレと対等に争えるのはお前だけだ。
 本当の夢の道へ行くまでの間…
 お前との闘いを愉しむさ。」

と不敵に笑うマダラ。
陽と陰――
作用の仕方は何も手を組むことだけではない――と。
徹底的にぶつかりあうことことも
また一つの形だととらえていたのです。