600『なぜ今まで』

1.なぜ今まで(1)

「…本当にオビトなのか…?
 死んだハズだろ…」

ショックを隠せないのはガイも同じようです。

「間違いない…
 うちはオビトだ。」

写輪眼を見開き目の前に立つ人物を
半ば信じたくない気持ちでよくよく見てみるカカシ。
忘れかけていた懐かしいチャクラや、
自分と同じ万華鏡写輪眼
それらはその人物が間違いなくオビトであることを物語っています。

「その名で呼びたいのであれば好きに呼べばいい。
 オレには何の意味もない。」

仮面が剥がれ素顔が露になっても、
決して臆面を見せることはありません。
オビトの名を捨て、トビ、マダラと名を変え、その顔を面に隠し、
この世に対してひたすら憎悪を募らせてきた男は、
旧友との再会などに決して心が揺れることはないのです。
今もまだ信じたくない気持ちで胸がいっぱいのカカシ。
目を瞑ればあの最後の別れとなった瞬間がよみがえってきます。
視覚を惑わせる敵の術で不意の一撃をもらい、
左目がやられてしまったカカシ。
そのカカシを助けるべく、
写輪眼という秘められた力を覚醒してオビトは敵を打ち倒します。

「お前は…あの時…」

とらわれたリンを助けるべく敵のアジトに侵入したカカシとオビト。
そして絶妙なコンビネーションで敵を倒し、
無事リンを救出できたかと思われた矢先、
敵の術である《土遁・岩宿崩し》を受け、
カカシをかばったオビトが瓦礫の下敷きとなってしまうのでした。
体の右側がほとんど潰れてしまって右半身の感覚がない、とオビト。
カカシの上忍祝いとしてのプレゼントを渡していなかった、
と自分の左眼の写輪眼を眼軸ごとリンに移植するように言います。

「…カカシ…
 …リンを…頼むぜ…」

こうして写輪眼を手に入れたカカシは、
再び敵に挑み見事討ち果たすのですが、
瓦礫の雨は無情にも降り続け、
このままでは一体を埋め尽くしてしまうのも時間の問題です。
ずっとオビトの手を握り続けたまま離さないリン。
オビトはリンのことをカカシに託し、
カカシは戦友の最後の頼みを承諾します。
崩れ落ちていく瓦礫が最後の別れを無情に演出します。

「生きて…いたのか…」

オビトが生きていた…
カカシは現実を受け入れ始めます。

「誰だってばよ!?」

事情が分からないナルト。

「オレ達の同期で木ノ葉の忍だったうちはの男だ。
 前の戦争で戦死したハズだったが…」

ガイがカカシの代わりに答えます。

「生きていたなら…
 なぜ今まで…」

カカシの問いにオビトは冷ややかに答えます。

「オレが生きていたかどうかなんてのはどうでもいいことだ。
 しかし…そうだな…。なぜかとあえて問うなら」

一旦間をおいて、激情の発端となったある事柄を
カカシに言い放つように言うのです。

「お前がリンを…見殺しにしたから……だろうな。」

2.なぜ今まで(2)

リンはやはり死んでしまっていたようです。
それもカカシにまつわる何かで死んでしまった…
むしろオビトはカカシのせいでリンが死んだように思っています。
"見殺し"というその言葉の重みが端的にそれを物語っています。

さて、こうして戦場で再び対峙する形となったカカシとオビト。
思えばこれは長い長い伏線でした。
左眼だけの写輪眼。
そして残されたもう片方の右眼。
すでにこうした形で対峙することは、決められていたかのようです。

外伝、特別編としてカカシの逸話が第一部終了のときに盛り込まれました。
ナルトやサスケといった主要人物以外を掘り下げるエピソードとして、
サクラを差し置いてカカシが登場したのは、
当時を振り返って、私にも不思議なものでした。
この時点で、こういった対峙を岸本先生は頭に描いていたのかもしれません。

この頃は暁の存在も漠然としていて、
構成員もほとんどが分かっていない状態でした。
デイダラ、サソリ、ゼツと構成員が分かっていく中で、
いつも仮面をかぶってゼツの後ろに付き従う
不気味な存在"トビ"が描かれました。
当時のトビはお調子者で頼りないような感じでしたが、
構成員としてリーダーであるペイン(長門)、小南が判明していく中、
その目的と野望を秘めたかのような姿勢は、
暁を操る黒幕として、徐々に厳格な口調となり、
圧倒的な力量とカリスマ性を兼ね備えた人物のように描かれはじめました。
はじめに誰しもが右眼の部分だけ開いた仮面をつけるトビを、
オビトのエピソードが近かったことから、うちはオビトだと思ったものですが、
この人物は自らの名前を"うちはマダラ"と名乗り、
そしてサスケとイタチの兄弟対決の終わりに、
マダラ自身しか知りえないような情報を語ったことからも、
オビトでは…といった疑念は別の人物へと向けさせられる形となるのです。
そしていよいよマダラが穢土転生されるにあたり、
トビはマダラとは別の人物であることが明かされます。
そして最後の最後、とうとう明かされたその素顔。
それはやはり、うちはオビトだったのです。

オビトだという前振りはたくさんありました。
例えば43巻115P,第396話『自己紹介』にてカカシの左眼の写輪眼が、
トビの仮面の奥、右眼の写輪眼を見抜くという対比が描かれています。
(この43巻ではトビの素顔が少し明かされたり、
 イタチの真実が明かされる段階でマダラの逸話が出てきたりと
 いろいろトビについて迫る巻だったわけですが…)
さてオビトという名前が初めて出てきたのは、
27巻29P, 第237話『馬鹿』の中のカカシの台詞の一節です。

「オレも今や上忍で部下を持つ身だ。
 だが昔のまま…いつも後悔ばかりだ…。
 この眼があってもちっとも先なんて見えやしない…。
 お前が生きてたら…今のオレに何て言うんだろうな…。
 なあ…オビトよ。」

しかしオビトの存在はすでに、2巻16P,第8話『だから不合格だってんだ』
で慰霊碑に名を残すカカシの"親友"としてカカシの口から語られています。

「忍者は裏の裏を読むべし。
 忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。
 ……けどな!
 仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ。」

オビトの受け売りとも思われるこの台詞。
強くカカシの心を突き動かした言葉です。
――であるからこそ、カカシがリンを易くは死なせないはずなのですが、
この辺りの事情は追々描かれるでしょう。

またトビがオビトであるなら、
四代目水影・やぐらを操っていた人物であり、
鬼鮫に素顔を見せて納得されている)
かつての師である四代目火影波風ミナト
九尾事件の折に対峙していたりするのですが、
この辺りのエピソードについても詳細があるはずです。

しかし、そこにたどり着くまでに、
いくつもの迷路と袋小路が、
とうとう最後までこの人物がオビトであることを
私たち読者に確信させなかった岸本先生の技法には舌を巻きます。


「フフ…早まるな。
 それにそんな顔をするなカカシ……。」

とオビト。

「オレを責めないのか…?」

咎<とが>を受け入れるつもりがあるカカシ。
しかしオビトは殊更それを責め立てるつもりはないようです。

「こんなくだらない現実を今更責めて何になる。
 これから消える世界のことなどに興味はない。」

「カカシ先生!!
 こいつとの間に何があったかは知らねーが、
 今は先生が落ち込んでる場合じゃねーだろ!!
 話は後でじっくり聞く!
 今はこいつのやろうとしてることを止めるのが先だってばよ!!」

戦うべきときは今。
今はナルトの方がしっかりと先を見据えています。

「カカシ! ナルトの言う通りだ!
 今は世界がオレ達の手にかかってるんだ!」

とガイも戦意を失いつつあるようなカカシを鼓舞します。
見るべき眼を瞑り、項垂れ考え込むようなカカシですが、
そんな隙をオビトが与えてくれるわけもありません。

「お前らに話すことなど何もない。
 現実に縛られたまま死ね。」

オビトは《火遁・爆風乱舞》を放ちます。
火遁と瞳術《神威》を組み合わせたようなこの術は、
炎の渦が竜巻のように螺旋を描いて辺りいったいを焼尽すかのような術です。
完全に死に体となってしまっていたカカシ。
九尾の尾をつかって炎を弾き飛ばしたナルトに守られます。
――と突如何かが空から降ってきたように地面を激しく割ります。

「こっちは楽しそうだな。
 オビト……」

現れたのは、うちはマダラ。
五影との戦闘は木遁分身に任せて、
本体は少しは余興になりそうなこちらにきたのでしょうか?
オビトを倒し、十尾の復活を止めなければならないナルトたちには
非常に不利な状況です。