590『お前をずっと愛している』

1.お前をずっと愛している(1)

あの世とつながるように光の柱が立ち、
穢土転生されていた魂たちは次第に消えゆきます。

「(カブトめ…
  失敗したか…。)」

事情を把握したトビ。
対してナルトたちはこれを好機と見て、
攻勢を緩めない構えです。
一方マダラたちと対峙する五影たち。
圧倒的な力を前にたじろぐ一同。

「土影様…。残念だけど、ここまでのようです…。」

水影メイに至っては、もう諦念すら漂わせています。

「黙れ、水影!!」

雷影エーはメイの言葉を否定するも、
取り立ててこの状況を打開できる一手は思い浮かばない様子。

「ワシはまだ諦めんぞオオ!!」

言葉だけがむなしく木霊します。
振り下ろされる須佐能乎の剣。
一同が覚悟したその時、何やら異変が起こります。
マダラも穢土転生された身。
光の柱が彼を包み込み、急激にチャクラが減っていき
須佐能乎を維持することができなくなった模様。

「ん? どういうことだ?
 術者に何かあったか。」

すぐさまマダラは穢土転生の術者に何かあったことを察知しました。

2.お前をずっと愛している(2)

「少しずつ意識が遠退く感じだ……。」

イタチも光の柱が包み込みます。
意識が遠退いていく――
塵芥が引きはがれていく中で、
いま自身が感じている感覚をイタチはそのように語ります。

「さよならの前に…
 お前が確かめたかったことを教えよう。
 …もう嘘を吐く必要はない…。」

イタチは、今こそサスケに伝えるべきと考えたのかもしれません。
自らが犯した過ち――
それは里の平和を願っての想い、
そしてサスケのためを想った信念であり一つの正義でした。
でも多くのものをサスケから奪ってしまったのも事実です。

「お前と別れたあの夜…。
 オレのやった事はダンゾウやトビの…言った通りだ。
 お前にすべての真実を見せよう。」

写輪眼の幻術に込められた想念――
映画を見るように、サスケへ流れ込んでいきます。
それはイタチの記憶の一端でした。

南賀ノ川付近と思われます。
イタチとシスイが重々しい会話を交わしています。

「もう…うちはのクーデターは止められそうにない。
 このまま木ノ葉が内戦を起こせば、
 他国が必ず攻め入って来る。
 …まず戦争になる。」

当時は他国との関係も現在ほどの緩みはなく、
緊張が保たれていた状態だったのでしょう。
隙あらばいつ争いが起きてもおかしくない――
そういう考え方が普通だったのかもしれません。
シスイは自分の憂いを率直にイタチに伝えます。

別天神を使いクーデターを止めようとした矢先…
 ダンゾウに右眼を奪われた。
 奴はオレを信用していない…。
 なりふりかまうことなく、
 自分のやり方で里を守るつもりだ。
 おそらく左眼も狙われる…。
 その前にこの眼はお前に渡す。
 …頼めるのはお前だけだ。
 この里を…うちはの名を…守ってくれ。」

一族を大切に想うと同時に、
里の平和も願っていたシスイ。
自己犠牲、陰から平和を支える忍こそ"忍"。
シスイがイタチに言ったことです。
以前、イタチが警務部隊の人間たちに問い詰められ、
シスイのことを聞かれたときにこう答えました。

「「見た目や思い込みだけで…、
 人を判断しない方がいいですよ。」

一族の為ならどんな事だって成し遂げてくれる――
里の皆からの想いは絶大な信頼であると同時に、
シスイにとっては目指すべき理念を縛り付ける足枷だったでしょう。
それをイタチは見抜いていた。
そして何も考えることのないかのように、
"うちは一族"というエゴに乗っかってあるべき平和を崩そうとする、
そんな素振りの彼らを見てイタチが柄に無く激昂したのも、
今思えば納得の行動です。

場面は木ノ葉上層部の面々を前に、
重大な任を背負うイタチが呼びつけられたところに変わります。

「もはや容認できぬぞえ!
 それを革命とのたまい政権を奪取するつもりなら、
 うちはは木ノ葉の逆賊として処断せざるをえぬ。」

急き立てるような木ノ葉の上役たち。

「コハル。待て!
 結論を急ぐな。」

三代目火影猿飛ヒルゼンが、コハルを制します。

「しかしヒルゼン。…うちは一族はもう止まらぬ。
 ならば混乱をさけるためにも
 一刻も早く手を打つべきだ。
 …何も知らぬ子供も含めてな。」

そう提案するダンゾウ。

「イタチの前で言うことではない!
 それにうちは相手に内戦となれば、
 簡単にはいかぬぞ。何か策があるハズじゃ。」

保守的に事を荒立てることなく解決を望むヒルゼン。

「事態は一刻を争う…。
 奴らが事を起こす前にこちらから先手を打つのだ。
 お前とワシ、そして互いの暗部が組み、
 背後から奇襲をかければすぐに終わる。」

一刻を争う――
そう考えるのはダンゾウだけでなく、
他の上役であるホムラやコハルも同じと見えます。

「うちははかつての戦友…。
 力ではなく言葉で話しかけたい。
 ワシが策を考える。
 イタチ…。少しでもいい…。
 できる限り時間稼ぎをしてくれ。」

ヒルゼンの考え方は彼らには悠長にうつったかもしれません。
しかしヒルゼンの優良策が練りだされる間もなく、
事が大事に至る前に決着をつけるべく、
ダンゾウは早々と手を打ったのです。

3.お前をずっと愛している(3)

"うちは"と"千手"を表すように、
阿修羅像と帝釈天像が目をひく木ノ葉のどこかの寺院。
その境内にイタチを呼びつけ、
こう言って聞かせるのです。

「三代目はああ言っているが、
 いざとなれば木ノ葉を守るため動く…。
 奴はそういう男だ。
 そうなれば、あのヒルゼンとて、
 火影として断固たる処置を取らざるをえん。
 戦争になろうがなるまいが、
 クーデターが起こった時点でどのみち、
 うちはは全滅する運命にある。
 ……何も知らぬお前の弟も含めてな。
 だがクーデター前なら弟だけは助かる道もある。」

イタチを前にして弟サスケのことを持ち出す
ダンゾウの狡猾さが際立ちますが、
うちは一族が反旗を翻したところで転覆できるほど
木ノ葉も薄っぺらではないことは確かで、
うちはが反逆することで戦争が起こるか起こらないか、
その2点を問題にしないようなダンゾウの話し方ですが、
結局、事に波風を立てるか立てないかを選ぶなら、
立てない方を選んだ方が良いに決まっています。
もちろんイタチは理が分かる人物ですから、
ダンゾウはこのような持ちかけ方をしたのかもしれません。

「事が起こってしまえば弟も全てを知ることになろう…。
 木ノ葉の忍により一族が抹殺されるのを目の前で見れば、
 木ノ葉への復讐心が生まれる…。
 そうなってはもはや弟にも死んでもらうほかない。」

ダンゾウの言葉にイタチは無表情で訊き返します。

「…それは脅しか?」

ダンゾウはイタチを見据え答えます。

「イヤ…選択してほしいのだ。
 うちは側に付き、クーデターを起こして、
 家族一族と共に全滅するか、
 我ら木ノ葉側に付き、
 クーデター前に弟だけを残してうちは全滅に協力するか…
 里を守るためには、混乱を生む前に、
 なんとしても事を治めなければならぬ。
 この任務を任せられる忍は、
 うちはと木ノ葉の二重スパイである…イタチ、
 お前をおいて外にない。」

ダンゾウとしてはイタチに選択を迫る形で依頼していますが、
実のところは是が非でも協力してほしいのです。
そのために、弟サスケを落とし所として持ってきているのです。

「イタチ…。お前にとっては辛い任務となろう…。
 …しかしその代わりお前の弟だけは残してやることができる。
 里を想う気持ちはお前も同じ…。
 この任務…引き受けてくれるか。」

イタチは考え込むように暫し目を瞑り、
そして里のために修羅となることを決意をするのです。

夜も更けた森の中。
仮面の男と密会するイタチ。

「なぜオレの事を知っていた?」

そうイタチに尋ねる仮面の男。
会話の内容からそこまで親しくない模様。
おそらく会って話をするのはこれが初めてか、
または2回目程度でしょう。

「アンタ…あの木ノ葉の警備をかい潜り抜け、
 南賀ノ川神社の秘石まで調べていた。
 アレの場所を知るのはうちはの者だけ…
 それからアンタの行動を調べ…、
 どんな人間で、どんな思想を持つのか調べさせてもらっていた。」

あの四代目火影波風ミナトをも手こずらせた仮面の男を相手に、
そこまでこなすとは流石のイタチです。

「…それなら話は早い…。
 ならオレがうちは一族の者で、
 木ノ葉とうちはに憎しみを持つことも知ってるってことだな。」

この男こそ現在のトビでしょう。
そして忘れがちですが、重要なポイントがあります。
木ノ葉だけでなく、うちはにも憎しみを抱いているのです。
今となってはこの人物がマダラでないことは、
カブトの穢土転生により証明されました。

「…条件がある…。
 うちは一族への復讐は手引きする…。
 代わりに里側に手を出すな。
 それと…うちはサスケにも。」

こうしてイタチはこの仮面の男を引き込むのです。

一族の集落。不気味な満月が照らしつける日。
イタチは計画を実行するのです。

「(こうなる前に…言っておけばよかったと…
  今となっては思うよ。サスケ…)」

電信柱の上に立って、
アカデミーから帰って来たサスケを見守るイタチ。
彼の姿をサスケが一瞬とらえますが、
このときサスケは何者かまでは分かりませんでした。
イタチの家。
息子がどんな使命を背負って、何をしているのか、
全てを悟ったように正座して後ろを向く父・フガク、母・ミコト。

「そうか…。お前は向こうへ付いたか…。」

フガクは静かに言います。

「父さん…母さん…オレは…」

何か言いかけるイタチを制するようにミコトは言います。

「分かってるわ…イタチ…」

言い出せばその覚悟が緩んでしまう――
息子の決意と覚悟を無駄にさせないための、
親心からくる絶妙な配慮です。

「…イタチ…最後に約束しろ…。
 サスケの事はたのんだぞ。」

多くは語らないフガク、ミコト。
でもすべてをイタチに委ねるように言います。
サスケのことを知っている点から、
イタチが父母に少々は事情を説明したに違いありませんが、
それを甘んじて受け入れる姿勢に何か覚悟を感じます。
おそらくうちはのクーデターの中心にいるフガクも、
巧く監督できずに行き過ぎてしまった一族に対して、
何か自責の念のようなものを感じるところがあったのかもしれません。
そんな父母に、感情を滅多に露わにしないイタチも涙を流します。

「恐れるな…。それがお前の決めた道だろ…。
 お前にくらべれば我らの痛みは一瞬で終わる…。
 考え方は違ってもお前を誇りに想う…。
 お前は本当に優しい子だ…。」

いつも厳格で決して褒めることのなかった父からでた言葉。
考え方が違う――
それは木ノ葉に立つか、うちはに立つかという意味でしょう。
しかしその根ざすところは一緒なんだとフガクも感じているようです。
父・フガクも心の中ではクーデターなぞのぞんでいなかったのかもしれません。
戦争の辛さや悲しさを現役世代で体験してきた一人に違いないからです。
平和を常に考えていた――
だから、同じように考えるイタチを誇りに思うのです。
こらえきれない涙を流しながら、心を鬼にして、
その刃を突きつけるのです。

「(これで二度と言うことはない…。
  オレはすべての真実を失った…。
  もう二度と…)」

父母を殺した兄。
幼き弟を前に、その姿をさらしたイタチは、
修羅となったように自分に嘘をつき、
弟に嘘をつき、真実を覆い隠そうとしました。
サスケに見せられたイタチの記憶はここで切れます。

「オレは…お前にいつも許せと嘘をつき、
 この手でお前のことをずっと遠ざけてきた…。
 お前を…巻き込みたくはなかった…。」

大切なものだったからこそ、
傷付けたくなかった。巻き込みたくなかった。
だから遠ざけてきた――
でも、それは知らぬ間に大事なものを傷付けていたのです。

「だが今はこう思う…。
 お前が父を母を…うちはを変えることができたかもしれないと…。
 オレが初めからお前とちゃんと向き合い、
 同じ目線に立って真実を語り合っていれば…。
 失敗したオレが今さらお前に上から多くを語っても、伝わりはしない。
 だから今度こそ本当のことをほんの少しだけ。
 お前はオレのことをずっと許さなくていい…。
 お前がこれからどうなろうと、おれはお前をずっと愛している。

額を小突くのでなく、自分の額をサスケの額に押し当て、
そうイタチは最愛の弟に言うのです。