584『薬師カブト

1.薬師カブト(1)

「君のことをずっと監視させてもらってたのよ。
 ノノウも一緒に。…ああ…マザーのことね。
 私に付いて来なさい。
 そしたらアナタの知りたい事を教えてあげる…。」

突如、水面よりその姿を現した大蛇丸

「…知りたい事…。何をです!?」

突然の出来事に思わず後ずさりして、
身構えるカブト。

「なぜマザーがアナタを狙い…、
 そしてなぜアナタを覚えていなかったのか……
 知りたくはないの? …それを…。」

そう言って、獲物を狙う蛇のように、ニタっと笑う大蛇丸
カブトの方も大蛇丸と会うのは初めてではありません。
多少の警戒心はあったでしょうが、
何より心神喪失状態にあったカブトは、現在最も知りたい事、
すなわちマザーが自分を狙った理由という情報をもっている大蛇丸
ついていかないことなんてできないでしょう。

「ここは私のアジト…。
 誰も知らない…
 つまりアナタが初めての客。」

辺境のアジトに招待されたカブト。
おどろおどろしい実験設備、器具、
知識を吸収するための書物は一通り揃っています。

「なぜわざわざこんな所へ!?
 どうする気なんです?」

少し冷静になってきたのか、
あるいは目の前にぶら下げられた餌しか目に入らない状態になっているのか、
カブトはわざわざ自分のアジトに場所替えした大蛇丸のことを不審に思います。

「アナタ…知りたいことがどんどん増えるわね…。それはいいことよ。
 人は"知りたい"という欲望から逃れられない…。
 だからアナタはこうしてここへ付いて来た。」

大蛇丸自身はカブトがすでに自分のペースにあることが分かっています。
ゆっくりした態度で、逆にカブトを焦らせるかのようです。

「ならさっさとと教えて下さい!
 アナタはボクの知りたいことを知ってるんでしょう!?」

案の定、カブトに余裕はありません。

「…率直に言うとね、根はアナタもマザーも処理することに決めてたのよ。」

その"理由"を語り始めた大蛇丸
スパイとして優秀であったノノウとカブト。
多くを知りすぎているが故の両者の処分だったのです。

「…そんな!
 里の為に長い間命がけで情報を集めさせておいて…、今さら…!!」

愕然とするカブト。
しかし最初から全て仕組まれていたことだったのです。

「情報は時として強力な術や武器より強い力を持つことになる…。
 今や君は危険人物と見なされてるのよ。
 まあ君達がいずれこうなる事は、
 初めから決められていたんだけど。
 さらには二人共倒れを狙うこともシナリオの内…。」

大蛇丸は話を核心へと進めます。


2.薬師カブト(2)

「君が院を出てすぐ後…、
 ダンゾウはマザーに君が院を出た本当の理由を話したのよ。
 院へのお金のために君は犠牲となって根に入ったと。
 …マザーは君を根から解放することを願った。
 ダンゾウはその願いを受け入れる条件として
 数年前にある男を暗殺するよう命令した。
 …おかしな話だけど…、その暗殺ターゲットの男こそ君だったのよ。」

院へのお金の拠出のため、カブトが根の忍となった――。
はじめから用意されていたストーリーでした。
恐ろしいことにダンゾウにはノノウを自由に使うための手札が増えていたのです。
"孤児院への援助金"。そして"カブト"です。

「ボクを解放するための条件じゃなかったの!?
 どういうこと!?
 なぜマザーはボクだと気づかなかったんだ!?」

一見矛盾のある話に困惑するカブト。
大蛇丸はその"カラクリ"について話を続けます。

「君とマザーが会わないよう二人の潜入敵地を離し…、
 マザーには君の安否を君の成長過程の写真で知らせていた。
 その写真が途中からうまく別人とすげ替えられているとも知らず…、
 マザーは長い時間をかけて他人を君だとすり込まされたのよ。
 時間をかけた洗脳…。根の常套手段の一つ。」

全ては巧妙に計画が練られていたのです。
カブトとマザーを互いに会わせないように任務を与え、
そしてカブトが成長して顔が変わっていくことを利用し
カブトの"別人"を仕立てあげることで、マザーの認識を挿げ替えさせた――。
そして最後の"処分"でお互いをようやく引き合わせることで、
互いの命を狙う関係に仕立て上げたのです。
そして大蛇丸は、このようなことは根の常套手段であるとも言っています。
こうした有能な人材の使い捨て体制は、
いつかは組織が破たんする切欠になるものですが…、
"里のため"という口実がまかり通る戦禍の中にあっては、
そうした過酷な実情が当然として受け入れられていることが垣間見えるところです。

「そいつがもう一人のカブト。
 だから君をカブトだとは夢にも思わず、
 ノノウは君を殺そうとした…。
 里に仇なす裏切り者の二重スパイとしてね…。」

似て非なるもう一人のカブト。
その写真をつきつけられ、カブトは項垂れますが、
徐々に真相が見えてきて、
やり場のない怒りが沸々とこみ上げてきます。

「そしてアナタが生き残った方を始末するために、
 根より遣わされた忍…。
 …そういうことですか…。」

大蛇丸が自分を監視していたという理由――
それしかありません。

「自分のことはまるで分かってないのに…、
 よく分かってるじゃない。」

大蛇丸の言葉を待たずして、
カブトは印を結びはじめます。
そしてやり場のない怒りをぶつけるように、
大蛇丸に向かっていき、ひたすらなぶり続けるのです。

「ボクを…説明できるものがずっと欲しかった!
 やっと手に入ったと思ったのに!
 根のお前らのせいでボクはまた何者か分からなくなった!!
 …眼鏡はボクとマザーを繋げるものだったのに!
 もらった名はボクだけのものだったのに!
 何があってもボクの姿を忘れない親がマザーのハズだったのに!
 全て違うじゃないか!! なら…ボクはいったい――何だ!!?」

事実を確かめるには今となってはもう遅いでしょうが、
カブトはある一つの可能性に気づくべきでした。
確かに状況は根によって仕組まれていたように、
二人は互いに戦うこととなってしまいます。
そしてカブトのチャクラの刃がノノウを切り裂きました。
でもいくらニセの顔の情報を刷り込まれていたとはいえ、
最後の瞬間、自分を必死で助けようとする人物を、
"マザー"のノノウが分からなかったわけがないでしょう。
でもノノウは「知らない」と答えた。
それはノノウの優しさだったとしか考えられません。*1
しかしそのすれ違いが、カブトに大きな心の傷を残すことになってしまった――
決定的な喪失とそれがもたらす絶望です。

「君は自分を説明できるだけの情報がまだ足りないだけ。
 眼鏡も名も子供であることも、
 本当の自分を示すものではなかった。
 それでいいじゃない。
 今までのものが納得できないなら…、
 代わりのものを見つけて次々に足していけばいいだけのこと。」

自分を支える拠り所を喪失して、
自分という存在が分からなくなったカブト。
そんなカブトを大蛇丸は許すかのように諭します。
人は誰しもこのような"許してもらえる存在"を心の拠り所にしやすい。
確かにこのときカブトは大蛇丸によって救われたのです。
後に見せる大蛇丸への妄信的な態度も、この出来事が背景となっていたのですね。

「ボクを殺すつもりなら、
 …なぜボクにそんなことを話す!?」

カブトが手にかけた大蛇丸は身代わりでした。
大蛇丸は答えます。

「…私も自分が何者なのかを知りたくてね。
 あらゆるものを集めているの。
 少しずつ集めた多くのものから実験と検証を繰り返し…、
 知識と能力を己に蓄積させていく。
 そしてそこから新しい完璧な自分に向かって…生まれ変わっていく。
 そしてまた同じように新しいものを手に入れる。
 今回は…君よ。
 自分が何者かだって、この世のあらゆるものと情報、
 それらすべてを集めつくしさえすれば導き出せないハズはないのよ。」

大蛇丸。科学者としての姿勢は立派な発言です。

「なぜ…アナタにとってボクがその一つなんだ?」

"大蛇丸"を導き出すために、なぜ"カブト"が必要なのか?
飛躍した論理にカブトも口を挟みます。

「己を消す根とは違い、己を導き出す組織・里を作る。
 どの国にも属さない音隠れの里。
 私と君は今より木ノ葉の根を抜ける。
 そして今より私が君の上司となり、兄弟となり、親となる。
 私がダンゾウからアナタを守る…。」

才能を買っていると前置きしたうえで、
大蛇丸はその野望をカブトに打ち明けます。
そしてそれにはカブトが必要であると。

「これよりアナタの新しい経歴はこう…。
 …君は幼少の頃、"桔梗峠の戦い"において、
 医療部隊長に拾われ育てられる。
 ダンゾウの元に戻って以降、
 表の顔として医療部隊長となった薬師ノノウの子としてね…。
 …君は――今日より新たに薬師カブトとして生まれ変わるのよ。」

"薬師"というのはマザーであったノノウの姓。
それを新たに加えた"薬師カブト"という名は、
こうして大蛇丸によって与えられたのです。

「私は大蛇丸。自分が何者か知りたいのなら…、
 さあ…私の傍らへ…。」

こうして差し伸べられた手を拒む理由もなくなっていました。
カブトはその手を受け入れるのです。
以降、カブトは大蛇丸と共に行動しはじめます。
ある時は暁のサソリの手下として働くことも厭わず、
またある時は大蛇丸の側近として人体実験を繰り返します。
こうして自分という存在を満たすため心の失われた部分を埋めていくうちに、
その非人間的な狂気がだんだんと心を蝕んでいったのです――

「まだ…まだ…足りない…。
 コレはまだ…ボクじゃない…。」

*1:【カブトの過去】【カブトの過去】