583『これは誰だ』

1.これは誰だ(1)

「院のためとはいえ、
 なんでこんな忍相手にオレ達まで。」

カブトたち孤児はマザーに連れられて、
野営テントで野戦医療の手伝いをしているところです。

「何もしないでお金は発生しないからだよ…。
 ウルシは包帯取って来てくれる?」

忍でなくても、医療忍術が使えるカブト。
マザーを手伝うために張り切っています。

「忍でもないのにいい腕ね…
 その医療忍術…」

その才能に目をつける男が一人。
若き日の大蛇丸です。

「マザーに教えてもらったんです。」

とカブト。

「カブト…とか言ったね…。
 君、忍になれば?
 …いい忍になるわよ…。きっとね…。」

大蛇丸は忍になることを勧めます。

「ボクはそんなつもりはないです。
 こうやって少しでも孤児院にお金を貯めて
 ずっとそこでマザーのお手伝いがしたいだけですから。
 色々してもらったのに…
 まだ眼鏡ぐらいしかプレゼントしてあげれてないし。」

困窮を極める孤児院のため。
何よりマザーのために働ければそれで満足だったカブト。
忍になんてなりたいとも思っていなかったのです。
この時は。

「…? そう…もったいないわね。」

カブトを忍に誘った大蛇丸も、
そこまでカブトに固執してないような発言を残して、
野戦病院を後にします。

2.これは誰だ(2)

それから間もない日――

「あの"歩きの巫女"と呼ばれたお前が、
 今や子守とはな。
 久方ぶりにこうして見ると、
 少しやつれたかノノウ。」

孤児院をある意外な人物が訪れました。
ダンゾウです。

「それは疾<と>うに捨てた名です。」

"ノノウ"と呼ばれる女性――
そう、"マザー"です。

「すでに木ノ葉との援助金の話は片が付いていたハズ…。
 なぜ今になって…!?」

孤児院の援助金はどうやら、ダンゾウにも関係している様子。
中枢とつながるダンゾウにならば、
孤児院への援助金の操作など造作もないことだったのでしょう。

「諜報部一エリートだったお前が"根"を離れたとたん、
 何も知らなくなったか…。
 援助金だけの話で来たのではない。」

と何やら取引を持ちかけようとするダンゾウ。
ノノウは"根"の諜報部員だったようです。
本人は謙遜していましたが、
人並み外れた医療忍術が扱えるその理由――
"根"の諜報員だったとしたら納得がいきます。

「この戦時において岩隠れが
 大規模な作戦を企んでいるという情報を入手した。
 その情報が正しいか、
 お前に岩隠れの里に潜入して調べてもらいたい。
 そしてそれが正しかった場合…、
 その作戦がいつどこで行われどんな作戦内容なのかも調べ、
 こちらに報告していただきたい。
 おそらく長期任務となる。」

付き人の一人、油女一族と思われる忍が言います。
岩隠れへの潜入任務――。
ノノウは首を振ります。

「…ならおかど違いです…。
 私はもう…」

根を離れ孤児院の"マザー"として孤児の面倒を見るノノウ。

「アンタ達は分かってない。
 マザーの存在がこの院と子供達にとってどれ程大切か!
 マザーは必死になってやりくりしこの院を守ってきた!」

と初老の男性の先生。

「そんな危ない任務…、
 根のアンタ達がやったらいいでしょうが!
 なぜわざわざマザーにまで…。」

もう一人、小太りの女性の先生も
口を添えて反対します。
彼らも木ノ葉"根"についてある程度理解している様子なので、
忍出身であることはまず間違いないでしょう。
そして"マザー"はここで働いている女性の"先生"を指す言葉でなく、
この孤児院の創始者あるいは理事である"ノノウ"、
その人を指す言葉だったのです。

「この長期任務を任せられるのは、
 歩きの巫女をおいて他にいない。
 今の根にこやつ以上の諜報活動ができる者は一人としておらぬ。
 たいがいの者は心を壊すか、敵に寝返る。
 こやつは木ノ葉を売るようなくの一でないことは知っている。」

と語るダンゾウ。
少し思い出していただきたいのですが、
"根"は徹底的に感情を殺すエリート教育を経て、
木ノ葉のために尽くすように育てるシステムを持った、
ダンゾウが統括する暗部の部門です。
しかしそれでも感情を殺しきれず、
心を壊してしまったり、寝返ったりする者もいることを
ダンゾウは認めています。
ノノウの存在もそれを端的に現しています。
徹底的に心を失くすような教育を受けていながら、
慈愛に満ちた現在があります。
この矛盾はつまり、次の2つの可能性を示唆しています。

    • "根"の教育が完璧ではなかった
    • 戦時中の人員不足のため、他所の忍を"根"として用いていた

イタチの例があるので、第二項の状況が考えられます。
他所――おそらく暗部と思われますが、
つまり、純粋な"根"ではなくて、
暗部から"根"の忍をヘッドハンティングしている状況が読めます。

「その顔、すでに察しがついているな…ノノウよ。
 そうだ…。これを断れば今後院に金は入らぬ。」

これは取引。ダンゾウはそこまで甘くはありません。

「そんな!! ちゃんと三代目火影様との話もついてんのよ!
 そんなことが許される訳ないでしょ!」

小太りの女性の先生も思わず声を荒げて反論します。
三代目火影が直々に容認している孤児院の資金。
それをあらゆる手を使って反故にしてしまう――
それが取引を断ることのデメリットです。

「この院はずいぶん泥棒が入りやすそうだな…。
 金を盗まれぬよう、用心棒を雇うことを勧めておく。
 もっともそれを雇う金があればの話だが。」

と油女の忍。

「ついでに子供達まで盗まれぬよう用心することね。
 身元の分からぬ子供は何かと利用価値があるから…。」

ともう一人の付き人が言います。
この口調、そして目頭から鼻筋にかけての特徴的なアイライン。
そう大蛇丸はダンゾウの付き人だったのです。
今まで有耶無耶だった、ダンゾウと大蛇丸のつながり――
その決定的な瞬間が今回描かれました。

「木ノ葉を守るためなら、安いものだ!」

汚いぞと罵声を浴びせられながらも、
ダンゾウは踏ん反り返ったような不屈の態度で言ってのけます。

「……分かり…ました…」

渋々と承諾するノノウ。

「心を殺しきれぬお前だからこそこうなったのだ。
 やはりお前は根には向かぬ。」

とダンゾウ。
木ノ葉のため、何より孤児院と孤児のため、
ノノウは首を縦に振ります。

「…それと今回の情報を入手するために、
 ワシの部下が一人死んだ…。
 代わりにここの子供を一人いただいていく。」

相手が承諾したところで、
さらなる取引をもちかけるダンゾウ。

「どこまで…!!
 私は依頼を受けると言ったハズ!!」

さすがにノノウも声を大きくして反論します。

「それとこれは別だ。
 次回からの金は用立ててやる…。
 だが今回の分はその一人と交換だ。」

と油女の付き人。

「何より子供の方から木ノ葉の忍になりたいと
 申し出がない場合もないわけでない…。
 尋ねてみるといい。一人くらいはいるかもしれぬからな。」

まるでカブトのことを指しているようなダンゾウの発言です。
大蛇丸からカブトのことを聞いていたと思われます。
狡猾にも、"マザー"への忠信厚いことを利用して、
有能と見込んだカブトを"根"に仕立てようとした――
ダンゾウの腹積もりが現れた発言です。

3.これは誰だ(3)

「カブト、どうして?」

一部始終を垣間見ていたカブト。
ダンゾウの目論み通り、
孤児院を去り、彼らについていくことを決意します。

「ボクは忍者に向いてる…。
 医療忍術も究めたいしね。」

カブトもこの時点では
マザーと離れ離れになるとは思ってみなかったでしょう。
こうは言っていますが、彼としては、
ノノウと共に仕事できると思っていた側面があったはずですからね。

「カブト! オレらとの3年間を捨てんのか!
 こっちへ来い!」

別れが惜しそうにウルシが言います。

「皆、院でのルールを忘れたのか?
 もうとっくに寝る時間だよ。」

時はすでに夜の9時。
3年前はできなかった笑顔でそう答えるカブト。
覚悟はできていたのです。
それからのカブトは雲隠れ、霧隠れ、砂隠れ、岩隠れと
都度額宛てと衣装を変えながら、
木ノ葉の諜報員として渡り歩きました。

「(ダメだ…囲まれてる…。
  ヘマをしなければ、もうとっくに寝てる時間だったのに…。
  院を出て5年か…。
  もう一度マザーや皆に会いたかったなあ…。)」

別れから5年ほど。夜の9時頃。岩隠れでの出来事。
カブトは何やら失敗したのでしょう。
追っ手をどうにかやり過ごしてきたつもりですが、
終に囲まれてしまったことに気づきます。
思い出されるのは孤児院の皆やマザー。
結局、彼はマザーと任務を共にすることはなかったのです。
突如カブトを狙ってクナイが飛来します。
カブトは必死でした。一瞬の攻防のやり取り。
どうにか相手を倒し、事なきを得ます。

「(マザー!!?)」

月明かりに照らし出され、横たわる相手の忍の顔が見えます。

「そんな!! なんでこんなところに!?」

彼女の傷を癒すべく、必死で医療忍術を施すカブト。

「(まさか…。まだあの時の任務を続けてたのか…!?)」

ここは岩隠れ。
脳裏にマザーが依頼されていた潜入任務の事が思い浮かびます。

「うっ…。なぜ…私の…傷を…。
 アナタは…いったい…。」

反動で眼鏡が取れてしまったノノウ。
薄れゆく意識と、もともと悪い視力が相まって、
カブトの顔は見えません。

「ボクだよ、マザー!!
 カブトだよ!!
 心配しないで。必ず助ける!」

カブトは自分の眼鏡をかけさせてやります。
それはもともと彼女からプレゼントされた眼鏡。
彼女に合わないはずはありません。
カブトの顔を見たノノウ。

「誰……なの…?」

分からないわけがありません。
自分が手塩にかけて世話をし、
医療忍術まで教えたかわいい教え子。
でも、必死で救助活動するカブトに、
彼女は残酷な一言を放つのです。
それは彼女なりの"優しさ"だったのかもしれません。
薄れゆく意識、自分が死にゆくのは分かっていました。
自分のことを慕っていたカブトを理解していた彼女は、
カブトに罪の意識を残させないためにも、
誰とも分からぬくの一を
手にかけたことにしてしまいたかったのかもしれません。
でもその"優しさ"はカブトの心を抉るには容易いものだった。
やがて冷たく、何の反応もなくなった彼女を見て、
カブトはその場を離れます。
幸い、岩隠れの追っ手が気づくのが遅れたため、
カブトは逃げおおせることができました。

「(マザーはボクのことを…
  なぜ…?)」

水面に映る自分の顔を必死で眺めるカブト。

「(なぜボクのことを覚えていない…!?
  どうして…
  だとしたら今までのボクは何だったんだ!?
  マザーからもらったものは何だったんだ!?
  …名前も、マザーの子供であることも…、
  この眼鏡さえも…)」

途方もない悲しみと絶望がカブトの心を苦しめます。

「…これは……誰だ…?」

揺れる水面にかき消される自分の顔。
消えてしまいそうで、苦しい――
いったい自分は何者なのか――

「…これはボクじゃない…
 本当のボクじゃない…。」

身体を震わせ、狂いそうになる頭で、
必死に"自分"を繋ぎ止めようとするカブト。

「自分がハッキリ見えていないようね。」

そのとき水面から一人の男が姿を現します。

「いい忍になったじゃない…。
 私は覚えてるわよ…カブト。」

突然のことで思わず腰をぬかすカブト。
それに対してこの機を狙っていたとばかりに、現れた大蛇丸
先ほどのノノウの一件も大蛇丸が嗾けたのではと
思わせるようなタイミングで――