504 『ありがとう』

1.ありがとう(1)

「この屍鬼封尽の後…、君のチャクラをナルトに封印する…。
 大きくなったナルトに会える時間はそんなに長くないけど…、
 九尾の人柱力として力をコントロールしようとした時、
 君が助けてあげてほしいんだ。」

とクシナを諭すミナト。

「私達の息子…。だからこそ…!
 そんな重荷をナルトには背負わせたく…ない…!!」

しかしクシナは我が子に人柱力としての
苦しい運命を背負わせることに反対します。

「それに…何で屍鬼封尽なんか…!
 私が…大きくなったナルトに会うため…。
 それもほんの僅かな時間のために…、
 アナタが死ぬ事なんて…ないじゃない…!!
 …ナルトの側にいて…、
 成長を見守っていってあげてほしかった…のに!!
 
 何で…!?
 尾獣バランスのため…、国のため…、里のために…、
 ナルトが犠牲になる事ないじゃない!!
 私なんかのためにアナタが犠牲になる事ないじゃない!!

ミナトも屍鬼封尽までして死ぬ必要はない、
ナルトの成長を見守ってほしい。
尾獣やら国やら里やらのために、
我が子の人生を犠牲にしないでほしい。
親としては当然思う感情でしょう。
クシナは糾弾するかのようにミナトに反対します。

「国を棄てる事…。里を棄てる事…。
 それは子供を棄てるのと同じだよ。
 国が崩壊した、君ならその事がよく分かるだろう?
 国を持たない人達がどれほど過酷な人生を強いられるか…。

とミナト。
我が子に人柱力として苦しい人生など歩んでほしくない、
ともちろんミナトも父親として思っているでしょう。
でも国がなくなれば、里がなくなれば、
それ以上に苦しい人生を歩まなければならなくなるだろう――と。
これは暗に国や里がなくなる“結果”だけではなく、
その“過程”、すなわち、戦争をまた引き起こしてはならない
という気持ちからくるものだと思われます。
なぜならナルトが生まれるほんの少し前までは、
第三次忍界大戦という戦争がたくさんの悲劇を生んでいたからです。

「それにオレ達家族は…忍だ!!

“忍”である自分たちを忘れてはいけない。
クシナは黙ります。
一介の忍としてのその責務がある。

「それと…オレが生きていたところで君には勝てない……。
 “母である君”がほんの少しの間であっても…、
 ナルトへ伝えられるものには、オレなんかがたちうちできない…。
 それは母親の役目だよ。」

母親しかできないことがある。
それは九尾をコントロールするということも含めて、
母親にしか伝えられない何かを伝えるという役目でしょう。
それは父親としてはできない――
もちろん父親しかできないこともある。

「これは君のためだけじゃない…。
 ナルトのためにやるんだ!
 息子のためなら死んだっていい…。
 それは父親でもできる役目だ。

我が子の未来のために、
父親として我が子に想いをたくして死ぬ。
――忍とは生き様ではなく死に様
という自来也の思想の影響もあるでしょう。


結界で干渉できない三代目たちが見守る中、
ミナトの屍鬼封尽によって九尾のチャクラが抉り取られます。
器として受け入れたミナトはあまりのチャクラで、
身体を思うように動かせなくなります。
八卦封印のための儀式台を口寄せし、
九尾を封印するための準備に取り掛かろうとしたとき、
クシナによる束縛が一瞬緩み、
九尾がナルトともども押しつぶそうとしますが、
反応が遅れたミナトに代わってクシナがなんとか守り抜きます。

「…これは父親でもできる役目だって…言ったのに…」
「…じゃあ…母親なら…なおさらでしょ…。」

父親ができないときは母親が――
我が子を守る二人の愛情。

「……分かったわ…。
 …夫婦ゲンカで私が負けたのは……初めてね…。
 それだけ…アナタが本気だって事…。」

クシナもナルトを人柱力とすることに覚悟した様子です。

「ありがとう。クシナ…。」

そうクシナに告げると、
ミナトはガマ寅を口寄せし、
大至急自来也に蔵入りするように言います。

「…クシナ…。もう命がもちそうにない…。
 そろそろ八卦封印を…やるよ…。
 オレのチャクラも…、ナルトへ少し組み込みたいんだ…!
 …当分は会えない…。
 今…ナルトに…言いたい事を言っておこう…。」

ミナトは屍鬼封尽の影響で、自分の命が短いことを悟っています。
いま我が子にかけてあげられる言葉をかけてあげたい。
クシナも同じ気持ちです。

「ナルト…。
 好き嫌いしないで…いっぱい食べて……大きくなりなさい!
 お風呂には…毎日ちゃんと入って…温まる事…。
 それと……夜更かししないで……いっぱい…寝る事…!!
 それから……お友達をつくりなさい…。
 たくさんじゃなくていい…から…!
 本当に信頼できるお友達を……数人でもいいの…!


 それと……お母さんは苦手だったけど…、
 勉強や忍術をしっかりやりなさい…。
 ただし……特異…不得意が誰しもあるものだから…、
 あまりうまく…いかなくても…落ち込まないでいいからね…。
 …アカデミーでは先生や先輩の事を…敬いなさい…!


 あ……それと…大切な事…。忍の三禁について…。
 …特に…“お金”の貸し借りには気をつける事…。
 任務金は…ちゃんと…貯金する事……。
 それと“お酒”は20歳になってから…。
 飲み過ぎては体にさわる…から…、ホドホドにする事…!
 …それと…三禁で問題なのが……“女”…。
 母さんは…女だから…よくは分からないけど…。
 とにかく…この世は男と女しかいないから…。
 女の人に興味を持つ事になっちゃうけど…。
 …変な女に…ひっかからないよーにね……!
 母さんのような女を……見つけなさい…!!
 …それと…三禁といえばもう一つ……。
 自来也先生には…気をつけなさいってばね…!」

一通り言ったところで、涙が滲み出てくるクシナ。
何を言っても言い足りない。なぜなら――

ナルト…。
 これからつらい事…苦しい事も……たくさんある…。
 自分を…ちゃんと持って…!
 ……そして夢を持って…。
 そして……、夢を叶えようとする…自信を…持って…!!
 ……もっと! 
 もっと…、もっと…! もっと!
 もっと…本当に色々な事を一緒に……教えてあげたい…。
 …もっと一緒にいたい…。愛してるよ…。

もっとずっと一緒にいたい。
母親として一緒に過ごして、
我が子の成長を見守っていきたい。
クシナの心からの思いが、溢れる涙とともに、
私たちに伝わってきて非常に切ない場面です。

「ミナトごめん…。私ばっかり……。」

止め処なく溢れる思い。
言葉では全てを言い切れない。
クシナはミナトに譲ります。

「ううん……。いいんだ…。」

ミナトは理解しています。

「ナルト…。父さんの言葉は…。
 …口うるさい母さんと…同じかな…。」

最後にミナトがそう告げて、八卦封印がナルトにかけられると、
二人とも意識が薄れてゆくのです。

2.ありがとう(2)

「ごめんね…。
 アナタを九尾の器にしてしまった…。
 私達の重荷を背負わせてしまった…。
 アナタと一緒に生きてきてあげられなかった……。
 愛情を注いであげられなかった…!

クシナの回想は終わり、
ナルトに九尾という重荷を背負わせてしまったことを謝るクシナ。

「あやまらねーでくれよ…!
 オレは人柱力だから昔はつらい時もあったけど…。
 父ちゃんも母ちゃんも別に恨んだ事なんてねーよ。

しかし、ナルトはそんなことはない、と告げます。
確かに人柱力だから、色々辛い経験はしてきた。
でも決して恨んだりはしていない。

「そりゃあ……、親の愛情ってのは正直よく分かんなかった…。
 父ちゃんも母ちゃんもずっといなかったからよ…。
 ……なんとなくしか…。」

両親がいなかったから、
親の愛情ってどんなものだろうか、とか
全く分からなかった――
だから想像するしかなかった――
その言葉を聞いてクシナは、
実の親だからこその胸を抉られるような不憫さを、
感ぜずにはいられなかったでしょう。
生まれたばかりの我が子に九尾を封印した罪悪感と
我が子を見守ることができなかった悔しさ――
その一瞬で様々な感情が想起されたことと思われます。

「でも今は分かる…。
 自分の命をオレのためにくれた父ちゃんと母ちゃん…。
 オレの器にも九尾より先に愛情が入ってるって分かったから!
 だからオレも幸せだ!!
 父ちゃんと母ちゃんの子でよかった!!

ナルトは自分に両親の愛情が注がれていたこと、
そしてその愛情に気づくことができて、
いま幸せであることを母クシナに告げます。

ナルト…、私を母にしてくれてありがとう…。
 ミナトを父にしてくれてありがとう…。
 私達の元に生まれてきてくれて……
 本当にありがとう!!

ナルトを抱きしめようにも、消え行くクシナ。
九尾の人柱力としての運命を負わせてしまったこと――
辛いときに、親として何もしてあげられなかった――
助けてあげることができなかった――
何も教えてあげることができなかった――
それでも、ナルトは幸せだと言ってくれた。
自分たちが親で良かったと――。
ほんとはもっと一緒にいてあげたかった。
でも、残酷にも、“状況”がそれを許してはくれなかった。
けれど、こうして再会できて、
我が子は立派に成長している
自分たちの思いはちゃんと届いている。
その姿を見て、母親としてこれ以上嬉しいことはないでしょう。


自分を支えてくれる誰かの想い。
人はそれがあるだけで強く生きていけます。
愛情。信念。つながり。
本当に大切なモノ”は様々な形で心の中にあると思います。
それは、その人それ自身を形作るものであり、
“生きている意味”ともなりえ、偏<ひとえ>にそれがあるからこそ、
その人がいま現在存在するとまで言って過言ではありません。
ナルトというかけがえのないものがあったからこそ、
クシナやミナトは母や父としてあれたし、
そして守らなければ、という強い思いが彼らを突き動かしたのです。
その想いをいままで直接伝えられることはなかったけれども、
別の形で(イルカやカカシ、第七班としての任務などで)
“自分を想う誰かがいる”ことを知ることができたナルトは、
自分の存在があることの根本に気づくことができています。
だからこそナルトは素直に親の愛情を喜べるし感謝できるのです。


逆に言えば、その一部分あるいは全部を奪われるように感じるとき
人は憤慨したり憎しみを抱いたりするのです。
ナルトの場合は親の愛情がちゃんと強さへと、輝きへと変わっていった。
一方でサスケは親の愛情があったゆえ、憎しみへとすべてが変わってしまった。
この差異はいったいなぜ生じているのでしょうか。
自分の存在理由があやふやとなってしまったサスケは、
その温もりを忘れられないゆえに、
憎しみに支配されてしまう結果となったのです。
それはとても悲しいことです。
なぜならこのことは“つながり”として託された想いを、
ちゃんと享受できていないことを意味しているからです。
自分を支えてくれる様々な人の想い――
それらを練り上げて、自分という存在を確認し、
人を思いやる気持ちや守っていこう”と思う愛情を、
それに従って生きていこう”と思う信念を、
託したい、信じたい”と思うつながりを、
築きあげていくことができるはずなのです。
そしてそれら一つ一つの思いなり人なり物なりが、
自分という器を形作る重要な一つ一つの本当に大切なモノなのです。
それが想いを享受すること、
自来也が言う成長することの真の姿でしょう。
ナルトは成長できている一方でサスケは成長できていないのです。
その違いが器の大きさの違いにもなっています。