602『生きている』

1.生きている(1)

「その眼…!
 まさか…じいちゃんも…うちはの…?」

だんだんと意識がはっきりしてきたオビト。
目の前に立つ老人のこともしっかり認識できるようになります。

「さあ…どうだろうな…」

うちはかどうかと問われてとぼけてみせる老人。

「(オレを助けてくれたのか…?)
 …あの世との狭間って言ったよな…。
 どこなんだここ…?
 暗くてよく見えねーし…。
 それにじいちゃん…いったい誰なんだ…?
 ヘッ! もしかして死神じゃねーよな…?
 天国か地獄に連れてくって言うアノ……」

ここはどこなのか。
そして目の前の人物はいったい誰なのか。
大きな鎌を携えた風貌も相まって、
だんだんとオビトの中で不安と恐怖が大きくなっていきます。

「イ゛ヤ゛ー!!!
 まだ死にたくないよぉ〜〜!!!
 助けで〜〜〜〜!!
 鎌とかチラって見えたし〜!!
 ぜってー死神だよォ〜〜!!!
 オレ…!! 
 オレ困ってるお年寄りを助けるのを
 モットーに生きてきました!!
 確かに悪さもかなりやったし、
 決まりを破ってばかりだったけど…
 差し引きイーブンってことはないと思いますっ!!
 どーか地獄だけは!!」

目の前の人物が死神だと思い込んだオビトは錯乱状態です。
(こんな状況でミナトの口癖(?) が出てくるのは、
 オビトがミナトの弟子だということがよく分かります(笑))
一通り己の半生を振り返り終わった後で、
全身に痛みが駆け巡るのを感じます。

「痛みを感じるということは…
 まだ生きているということだ。」

と老人。
オビトは自分が生きているという事に
改めて気づかされます。

「しかし…助かったのは奇跡と言っていい。
 よく岩に潰されなかったものだ。
 …まるで岩をすり抜けたとしか思えんほどだ…

と老人は続けて語ります。
実際オビトは岩の下敷き――
すなわち"岩に潰されていた"のですが、
この老人が発見したときは、
どうやらそうでなかったらしいことが分かります。

「…オレ…どこにいたんだ?」

自分が生きているという状況を
だんだんと受け入れ始めたオビト。

「オレの作った地下通路に倒れていた…。
 …崩れた岩の横にな。」

どうやらオビトは地下通路に倒れていたようです。
そして崩落した岩々は幸いオビトから外れていた――
というようなニュアンスです。
あの時、かけつけてきた岩忍の援軍が放った
《土遁・裂土転掌》によって地面が裂けたことで、
崩落した岩宿の最下部にいたオビトが奇跡的に、
下敷きにしていた岩を回避して、
地下通路に転落したという感じでしょう。
あるいは、地下へと崩落する岩々から
無意識に《神威》で逃れたか――

「…と言っても体の半分はほぼ潰れてしまっていた…。
 一応手当はしておいてやったが…」

と老人の台詞にもあるように
確かにオビトの右半身は、
ほとんど潰されてしまっていたようです。
どういった手当が施されたかは、後述します。

「じいちゃんが助けてくれたのか…。
 ……ありがとう。」

九死に一生を得たオビト。
命の恩人に感謝を伝えます。

「礼を言うのはまだ早い…
 その分の恩はしっかり返してもらうつもりだ。
 年寄りを助けるのがお前のモットーなのだろう?」

と老人は言います。

「それはまぁ…そうなんだけど…
 …じゃ…何をすりゃいいんだ?」

確かに命の恩人である目の前の、
老人に恩を返したい気持ちはある。
ただ漠然と恩返しといっても何をすれば良いのか――

「下の…世話とか…?」

何をしたら良いか、
なかなか答えず考えあぐねるかのような老人に、
一つ例示してみます。

「…それもいい…」

とだけ答える老人。
しかしオビトは長居するつもりはないようです。

「悪いけどずっとここにはいられねーよ!
 生きてるって分かったんなら、
 オレは木ノ葉へ帰る!
 今は戦争中だ。
 写輪眼もやっと開眼したし…。
 …これで今度はもっと仲間を守れる!」

とオビトは答えます。
モットーも大事だけど、
今はそれよりももっと大切なものがある。

「お前のその体…もう忍としてはやっていけまい…」

そんなオビトに老人ははっきりと言います。

「イヤイヤイヤ!! やっと…
 やっとこの眼を手に入れたんだ!
 今ならもっとコンビネーションも
 うまくいける自信があるし、
 今度こそ仲間を守れる忍にオレが……」

とオビトは意気込みを語りますが、
命が助かったことに安堵してしまっていて、
自分がいまどんな状況にあるか、
まるですっぽりと抜け落ちているかのように、
見えていないのです。

「現実を見ろ。
 この世は思い通りにいかぬことばかりだ。
 長く生きれば生きるほど…
 現実は苦しみと痛みと悲しさだけが
 漂っていることに気付く…。」

老人はまだ在り得そうもない希望に目を輝かして、
足元を見ていない若者に、
現実を受け入れるように忠告します。

2.生きている(2)

「いいか…。この世の全てにおいて、
 光があたるところには必ず影がある。
 勝者という概念がある以上、
 敗者は同じくして存在する。
 平和を保ちたいという利己的な意志が戦争を起こし、
 愛を守るために憎しみが生まれる。
 これらは因果関係にあり切り離すことができん。
 本来はな…。」

それなりに高齢者と接する機会が多かったオビトは、
この老人の言わんとすることは、
いつもの年寄りの長話だと思います。

「(…スイッチ入っちゃってるよ…。
  こうなるとじじいの話は長ーんだよな…)」

話を短くしようと、話題転換するように、

「で…ここはどの辺なんだ?」

ここはどの辺りなのかを訪ねてみます。
しかしオビトの質問など聞こえなかったかのように、
老人は話を続けます。

「お前が傷ついたからこそ、
 代わりに助かったものがいる…
 …違うか?」

話半分に聞こうとしていたオビトですが、
琴線に触れて、一気に戻されます。

「さっきからるっせーよ!!
 オレはこんなとこに長居はしたくねーんだ。
 さっさと…ぐっ…」

オビトにしてみればお年寄りに対して、
こんなように激昂するのは珍しいでしょう。
特に相手は命の恩人です。
しかし、すぐにでも仲間のもとへと
駆けつけたい気持ちが焦りを呼んで、
冷静ではいられないといった感があります。
言いかけて傷の痛みを堪えるオビト。

「出て行きたければ出て行くといい…
 動ければの話だがな。」

と老人。
傷の痛みで少し冷静になったオビトは、
いま自分の置かれた状況をようやく整理し始めます。

「(…待てよ。これって…おかしいだろ…!?
  何で写輪眼のじじいが一人でこんなとこにいんだ?
  よく考えてみりゃ…木ノ葉のジジババなら、
  皆知ってるこのオレが、一度も見たこともねーってことは…
  このじじい今は木ノ葉の忍じゃねェ…。つまり…。)」

木ノ葉にいる高齢者をほとんど知っているのに、
目の前の写輪眼の人物だけはどうも心当たりがありません。

「じじい…てめェ…抜け忍だな。
 何者だ!?」

抜け忍と分かって、
少し詰問するような口調になったオビト。
老人は腰かけるためにオビトの傍から離れ、
樹でつくられた椅子の方へ歩み寄ります。
先ほどまで老人と相対していたので気づきませんでしたが、
背中には何かに繋がった不気味な管が数本つけられています。
椅子に腰かけた老人はゆっくりと喋り始めます。

「オレは……うちはの亡霊。
 うちはマダラだ。」

うちはマダラと名乗る老人。
しかし目の前の人物がマダラであると
受け入れるには抵抗があります。何せ――

「マダラって…オレのご先祖のうちはマダラか……!?
 マダラならとっくに死んでなきゃおかしいだろ!!
 いつの時代の話だよ!?」

俄かには信じがたいだいぶ昔の人物です。

「お前にとって…オレは死神の方がまだ信憑性があるか?
 …そうだな。ある意味、死神かもな…。
 この現実こそ……地獄だ。」

とマダラ。

「確かに…オレは後ろの魔像から
 チャクラを常に供給し続けなければ、
 あっという間に死んでしまう死に損ないだがな…。」

マダラの後ろには、
おどろおどろしい人型のような"モノ"を果実のようにつけた、
大きな花の蕾を持つ大樹があります。
おそらくこれがマダラへとチャクラを供給する魔像なのでしょう。

「オレは帰る!!」

こんな不気味なところから、
早く立ち去りたいとばかりに、
身をよじらせベッドから這い出たオビト。

「やめておけ…。
 ここに出口は無い。
 なによりもお前もオレもここより出ることはできん。
 …この体ではな。」

それでもなお体を動かし、
外へ出ようとするオビトにマダラは言います。

「動くと折角くっつけた柱間の人造体がハガレる…。
 死にたいのか?」

オビトの右半身には、
どうやら柱間の細胞培養によって得られた、
人造体なるものが取り付けられているようです。
これが右半身がつぶれてもなお、
オビトが生きていられる理由だったのです。

「お前には今後色々とやってもらいたいことがある…。
 オレと一生な。
 折角助けたのだ…。死に急ぐな。」

というマダラ。一方のオビトは冷静ではいられません。

「何が望みだ!?
 アンタみたいなクソじじいがこんなガキ一人捕まえて
 何しよってんだァ!?」

とのオビトの言葉に、
マダラは自分の成し遂げたいこと、
すなわち"恩返し"の内容を打ち明けるのです。

「……この世の因果を断ち切る。
 勝者だけの世界。平和だけの世界。愛だけの世界。
 それらだけの世界を造る。」

これがマダラの本懐です。
チャクラ供給がなければ動けぬ身体。
どうやって成し遂げようか考えあぐねていたときに、
偶然――手駒となりそうな、
しかも"うちは"の忍が落ちてきた。
マダラにしてみればこれを協力者としない手はありません。

「…知るかよ…そんなのっ…!
 オレはただ…皆の所へ…帰りたいだけだ!」

しかしオビトにしてみればそんなのどうでも良い事です。
リンやカカシのもとに一刻も早く帰りたいのです。

「言ったハズだ。思い通りにはいかぬのがここだ。
 お前もいずれ気づくことになる…。
 勝手に死ぬならそれでもいいが…
 代わりにその写輪眼はいただくぞ。」

とマダラ。

「…何で眼を欲しがる!?
 お前はもう写輪眼を持ってんだろ!!」

オビトはもはやマダラを命の恩人とは見ていません。
自分の行きたい道を塞ぎ訳の分からないことを話す、
その上写輪眼まで奪おうとする老いぼれを睨みつけます。

「イヤ…オレ本来の眼は他の者に預けてあってな。
 この眼はその後移植した余りモノだ。
 …もう少しストックがあってもいい。
 右目がまだ入っていなくてな…。
 写輪眼は左右揃って本来の力を発揮するものだ。」

いまマダラが持っている写輪眼は、
誰か別のうちは一族の物のようです。
自分のもの――つまり弟イズナからもらった写輪眼は、
誰かに預けているらしいのですが、
それはやはり長門といことになるのでしょうか。

「(…なら…オレがカカシと揃えば、
  より強くなれるってことじゃねーか!
  リンを今度こそ2人でちゃんと守れるってことじゃねーか!
  なおさらここにはいられねェ…。
  待ってろよ…カカシ…リン!
  オレは生きてる!!)」

左右揃ってこそ真価を発揮できる――
それならばなおの事、
こんなところに居座っているわけにはいきません。
オビトはまだ諦めていなかったのです。
この時までは――