580『兄弟の時間』

1.兄弟の時間(1)

《仙法・白激の術》――
カブトの口から吐き出された龍のようなチャクラの塊。
とぐろを巻くようにして、身を丸くしたかと思うと、
その中心から強烈な閃光が迸り、
龍の嘶きのような高音が洞窟の中を木霊します。

「(耳が…。それに骨がきしむようだ…!)」

閃光手榴弾のような術。
思わず目を瞑り、耳を塞ぐサスケ。

「光と音で視覚、聴覚を…
 空気振動を起こして感覚を麻痺させ…動きを止める術…。」

イタチですらこの強烈な感覚攻撃は応えます。
二人ともどんな強力な忍術をも遮蔽する須佐能乎の中にいますが、
光や音といったものまでは防ぎきれていません。
現に彼らは須佐能乎の中にあっても、
相手の動く様子を"視る"ことが可能ですし、
その相手と会話することも可能です。
会話する――
すなわち声を発し相手に届かせること、
その反対に音として空気を伝わってくる波動を感知できることからも、
須佐能乎は外界とつながって空気の出入りがあり、
完全な密室状態でないことが窺えます。
そのことを考慮すると須佐能乎も無敵ではないことが分かってきます。

「(蛇の角膜で視界を閉じて光を無視し、
  体内を液化して音と振動に柔軟に耐える。
  この状況で動けるのは仙人仕様のボクだけだ…。)」

カブトは瞼を閉じるのでなく、
仙人モードとなって身体が変化することでできた蛇の角膜で目を保護し、
一方で水月の術の応用で、完全な水の塊となることで、
感覚器や臓器に伝わるはずの振動のダメージを大幅に軽減させ、
狡猾に獲物を狙います。

「(くっ! ダメだ…。須佐能乎を維持できない…)」

《須佐能乎》は維持することが必要な"術"であって、
決して独りでに意思をもって動くロボットではないことが
サスケのこの台詞から窺えます。

「(やはり狙うはイタチ…。
  頭の中の札を書き換えて、またコマにするか…。
  イヤ…それより…)」

カブトの狙いはまずはイタチ。
穢土転生が無効になったとはいえ、
その塵芥で構成されている身体に変化はないはず。
埋め込まれた札を書き換えることで、
またイタチを傀儡状態に戻せるのでは…
とカブトは画策している模様。
狙いを定め大口を開いて向かった先は――

「イタチ…。
 君はどうやらボクの居場所を嗅ぎ当てるのが上手らしい…。
 ボクのチャクラを感知できてるのかな?」

須佐能乎が解かれつつあり、弱体化してるサスケに
照準を変更したカブトですが、
寸でのところでイタチに阻止されます。

「でもアレレ…?
 …君は"お前に操られている間"…って言ったハズ。
 …なら今はボクのチャクラを感じ取れてないってことだよね。
 またお得意のウソでボクを騙そうと?」

反応の良さに自分のチャクラが敏感に感知されてるのでは、
と考えたカブトですが、すぐさまイタチの発言から、考え直します。
穢土転生の術で操られていた間――
確かにカブトからの送信されてくるチャクラが
どこから流れてくるか鋭敏に感じ取れていても、
その術を別天神で解いてから先、術者の介入を断った後では、
チャクラを感じ取れていたかは疑問です。

「お前のチャクラを感知できたのが誰もオレだとは言ってない。
 それができたのは一緒に居た長門だけだ…。
 オレにそんな力は無い。」

イタチは術者の存在、
そのチャクラを感じ取っていたとはっきり明言しました。
――ですが、それが"誰"とは言ってない、と。
試合巧者の巧みなやりとりに、
カブトも無用な警戒を強いられているのは確かですね。
イタチの感知能力はそこまでのものではなかったようです。

「それに…今にしても、
 お前がどこを狙うかはハッキリしてる。
 …なら先にそこを守ればいい。
 利を求め慎重なお前がサスケを欲しがってるなら…、
 先にサスケを捕える。
 己の術が分析されない早いうちが、
 サスケ奪取の確率は高く、
 その後もオレを脅す持ち札として、
 サスケを利用できるからな。」

と冷静に分析してみせるイタチ。

「君がうちは一族の中で他と違うのは、
 本当の意味での瞳力だ…。
 人の心を見透かし、心を読む。
 …そしてそれを戦いに利用する。
 だからこそ人を騙すのが上手い…。
 そもそも君は嘘をつき通して死んだ。
 根っからの嘘つき忍者だしね。」

イタチの洞察力、先を読む力――
それは写輪眼にうつる事象に対する反射的な適応力だけでなく、
本質を見抜く力がずばぬけていることから生まれてくるのです。
まさに心眼――カブトは痛感したように言います。

2.兄弟の時間(2)

嘘つきな兄イタチ――そんなところに感づくように表情が変わるサスケ。
同時にサスケは自分の存在が要であり、
弱点となってることにも気が付いたようです。
ただ居るだけではない――
サスケが雷遁の刃を伸ばし、カブトを捕えにかかりますが、
天井に逃がしてしまいます。

「いくら二人だろうと付け焼き刃のコンビじゃ、
 ボクの感知能力を出し抜けやしないよ。
 しかも嘘つきな兄キの性で、
 ずっと仲違いしてた兄弟なんかじゃね…。」

うちはイタチ、サスケ兄弟を見透かしたように苦言を吐くカブト。

「サスケ…。
 昔の猪の任務でオレに付いて来た時の事を覚えてるか?」

弟に対して突然昔のことを切り出してきたイタチ。

「ああ…アレか…。畑を荒し回ってた…。
 思い出した。」

少し考えて頷いたサスケ。
それはサスケが幼き頃、任務を受けた兄イタチに連れられて、
一緒に凶暴な大猪を追い回した時の話です。
任務内容からイタチが暗部入りする前の時点と見受けられます。
兄弟にしか分からないあの時の作戦。
急所を避け、生け捕りにしなければいけなかったと思われる対象。
イタチの絶妙なコントロール
起爆札付きのクナイをイノシシの前後左右を爆発させ、
その隙をぬってサスケが弓矢で狙撃するというもの。
それに倣って、まずイタチが須佐能乎で手裏剣を放ち、
カブトの四方を爆撃すると、
サスケがその煙幕の隙を縫って、
須佐能乎の弓から放たれた矢でカブトの尾を串刺しにします。
宙吊り状態となり動きを止められたカブトは、
先ほどの攻防のときにサスケが投げ放った刀に手を伸ばします。

「俺の刀を奪って、尾の蛇を切って逃げる気だ。」

とサスケ。事態を把握していたイタチは、
サスケの言葉を待たずして、
カブトを捕えにかかりますが、カブトの方が一足早く、
無防備に迫ってきたイタチを刀で突き刺します。

「だから…焦るなって言ったのに…」

と勝利を確信したかのようなカブトですが、
次の瞬間、イタチの身体が弾け、
漆黒の烏が辺りを覆います。身代わりです。
烏に気を取られてしまったカブトは、
逆にイタチに刀を奪われ、右片方の角を斬られてしまいます。

「…そうだった…。忘れてた…。
 普段ここに角なんてないもんだから…ついね。」

と負け惜しみのように呟くカブト。

「今ならあの大猪も仕留められそうだな。」

と言って微笑むイタチ。
大猪のときは外してしまったサスケの矢。
しかし今回はうまくいきました。

「大猪より、まずはあの蛇を仕留めないとな。」

と言うサスケに、

「ああ…。」

とイタチも頷きます。
長らく離れ離れだった二人。
しかし二人の間にある兄弟の思い出が確実に二人を繋ぎ止め、
二人の息をそろえてくれています。
蛇討伐のため力を合わせ――