486 『拳』

更新がたいへん遅れて申し訳ありません。
どうも3月中は週末がたいへん忙しく、
なかなか記事を書く暇がなかった、と言い訳させてくださいm(_ _)m


次の土曜日のやつは書けるかもしれませんが、
さらにその次の月曜日はどうかなぁ…


0.扉絵

486話『拳』。その扉絵を飾るのは、
第一部のころのサスケとナルト。
中央にある『N・S』と書かれた行灯のようなものは
Naruto/Sasukeを表すのでしょうが、
N/Sと言えば一般的に【North】&【South】。
この場合、北極と南極のように、
互いに真反対の立場にあることを掛けているようで巧いと感じました。
一方で磁石のN極とS極のイメージも浮かびます。
磁石のN極とS極を近づければ引っ付きあうのですが、
対立している現在の様子とはかけ離れているように見えます。
しかし実はそうではありません。
それは追々話すことにして――


1.拳(1)

螺旋丸と千鳥がぶつかり合い、
二つの大きなエネルギーの衝突によって空間が弾けるように、
ナルトとサスケの両者は反対方向に飛ばされます。
ナルトを衝突から守るカカシ。
同じようにして密かにサスケを見守っていたゼツがサスケを助けます。

「もう、随分と前からお前についてる。
 …ホントはお前に気づかれない様にって
 トビに言われてたんだけどね。
 どうみてもこれピンチだからさ…。」

五影会談の場での胞子の術以来、サスケの監視を任されていたのか、
ゼツはサスケの危機に助けに入った様子。
しかしゼツが“マダラ”と呼ばずに“トビ”というのは、
“トビ”なる人物が腹心のゼツにすら“マダラ”と確信を抱かせてないからなのか――

サスケは“トビ”を“マダラ”と認識しているはずです。
それを敢えて“トビ”と表現するところに、
何か勘繰りたくなる気持ちがあります。(笑)

「戦争前に輪廻眼の回収をさっさとやっておくか。」

仮面を外し、とても若々しい様子のトビに、
ゼツがサスケの危機を伝えにきます。

「これでハッキリした。」

確信めいたことを言うナルト。
そしてサスケを見定めるように見ます。
――と突如空間を切り裂いて現れたトビ。
カカシも前件があったせいか、“マダラ”を警戒します。
九尾・ナルトを前に、

「こいつらとはちゃんとした場をもうけてやる…。
 今は退くぞ。」

手出しする気は毛頭ない様子のトビですが、

「代わりにボクがやるよ。
 どうせ九尾の人柱力は狩らないといけないんだし…。」

と水場から続々と湧き上がる分身たちを従えて、
やる気を見せる対照的なゼツ。

「ゼツ…お前じゃナルトを捕まえるのは無理だ。
 戦闘タイプじゃないお前に九尾はキツイ…。
 九尾はサスケにやらせる…。
 オレの余興も兼ねてな…。

予てより実力未知数で不気味な暁の存在であったゼツですが、
どうやら現在のナルトに比べると戦闘力は劣る様子。
トビ専属の記録および処理係といった感じがすっかり定着しましたね。
しかもトビもどうやら九尾相手に自分の力を披露するというわけでもなく、
余興という形でサスケをナルトにぶつける余裕ぶり。
その裏にはもちろんサスケの憎しみによる力を
ナルトとの戦いで倍化させる計画もあるのでしょうが。

「それより鬼鮫が気になる…。
 そろそろそっちへ行け。と合流してな。」

ゼツの片割れで黒い方はそのまま“黒”と呼ばれているようです。
以前より白ゼツ、黒ゼツなんて巷では呼ばれていましたが、
その呼称はどうやら間違ってはなかったようですね。
一方、サスケに言っておきたいことがある、と言って
カカシの制止を振り切り歩み寄るナルト。
その真剣な様子を見て、この場を退くことをトビから急かされるサスケも、
「待て…」と言って間を設けます。

「サスケェ…覚えてっかよ…。
 昔、終末の谷でお前がオレに言った事をよ。
 一流の忍ならってやつだ…。」

一流の忍は相手と拳を交えただけで、
互いの心の内を読みあうもの――

「口には出さなくてもだ。お前は甘いなナルト。どうだ…?
 お前には本当の心の内が読めたか? このオレの!」

かつてサスケがナルトに対して口にした台詞です。

「直接ぶつかって…今は色々分かっちまう。
 オレ達ゃ一流の忍になれたって事だ。お前も、オレも…。
 サスケェ…、お前もオレの本当の心の内が読めたかよ…。このオレのよ。」

あのホワイトアウトした二人のやりとりは、
技の応酬の中での互いの心のぶつかり合いでもあったのでしょう。

「それに…見えただろ?
 お前とオレが戦えば――…二人共死ぬ。」

全力でのぶつかり合い。
ナルトは膿みに膿んだサスケの憎しみに答える力でぶつからなければならない――
それはまさしく決死の戦いとなるというわけでしょう。

「お前が木ノ葉に攻めてくりゃ…
 オレはお前と戦わなきゃならねェ…。
 憎しみはそれまでとっとけ。
 そりゃあ、全部オレにぶつけろ。
 …お前の憎しみを受けてやれんのはオレしかいねェ!
 その役目はオレにしかできねェ!
 オレもお前の憎しみを背負って一緒に死んでやる!

ナルトはサスケを理解したからこそ、
その根本にある憎しみを受けてたつ覚悟があるということは解しやすいですが、
憎しみを受けて死ぬ――
ナルトが言ったこの台詞は一見解しがたい台詞です。
なんでそこまでオレにこだわるのか、というサスケに、

「友達だからだ!!」

というナルト。

2.拳(2)

かつて自来也が言った忍世界に溢れる憎しみ
その存在を長門を通じて改めて感じ取ったナルトは、
本当の平和などありはしないと言った長門に対して、
次のように答えています。*1

「なら…オレがその呪いを解いてやる。
 平和ってのがあるならオレがそれを掴み取ってやる。
 オレは諦めねェ!」

本当の平和がどうのこうのではなくて、
平和というものを“信じる”こと――
それこそがナルトが出した答えだったはずです。
上述の解しがたい一連の台詞は、
サスケが憎しみに溺れていくその渦中に巻き込まれる覚悟もさることながら、
何よりナルトがサスケを友達と“信じる”ことにしたため生まれたものです。

「腕がもがれりゃケリ殺す。脚がもがれりゃ噛み殺す。
 首がもがれりゃニラみ殺す。目がもがれりゃ呪い殺す。
 たとえバラバラにされようが、
 オレは大蛇丸からサスケを奪い返してやるんだってばよ。」

かつて、こんな物騒なことを言ったこともありました。
もちろん実際にそうするというわけではなく、
それぐらいの覚悟をもっている――という台詞だったのですが、
この頃のナルトはなぜそうしたいのか確信をもっていたわけではありません。
しかしその頃からあった無意識のうちにある覚悟――
それは今も変わらぬ“信じる”ことだったのです。
イタチがかつてサスケに口にした、
“本当に大切なモノ”はナルトの中で今ようやく形となって出てきました。
それ以外にも様々な理由があります。*2
しかしその中で最も根本にある、信じる心、そして諦めない思い――
誰が何と言おうと、それがナルトの忍道であり生き様なのです。
別に尊大になっているわけでもなく、相手を侮辱してる訳でもない。
自分がこうと決めたから、それに従って生きようとするナルトの強き心。
サスケには本当にナルトの心の内が読めたでしょうか?
ただの友達のためにわざわざここまでするものなのか?
内心は疑問符だらけなのではないかと思います。


さて、ここで冒頭にあった磁石の話を少ししたいと思います。
電気をつくる電荷というものには+と−が別々に存在する(電子過剰と電子不足)のですが、
磁気をつくる磁荷はNとSで単独で存在しません。*3
どんなに棒磁石を細かくしていっても、
片方の先端はN極、もう片方の先端はS極となります。
つまりNが存在すればSが必ず対となって存在するのです。
このお話は陰陽に似ています。陽があれば陰がある。そのままです。
陽と陰とはつまるところ運命共同体
N極がS極にくっつくように、
互いに相容れぬようでいて、結局は互いへと回帰するような様は、
まさに憎しみと愛情が互いを行き来する様の如しです。
それを端的に纏めてある冒頭のN・Sに気づいたとき、
改めて岸本先生の演出に驚かされたわけです。


脱線しましたが、
つまりナルト(愛・希望・友情)が
サスケ(憎しみ・絶望・孤独)を受け入れる以外に、
何とかなることはないのです。

「(分かり合えば、お前の憎しみも…
  オレがイルカ先生に会って変われたみてーに…。)」

そしてナルトはその道理を分かっている。
その憎しみの大きさを感じるからこそ、
それに答えることは結果死を意味するかもしれない――とも。
でもナルトはその信念により諦めることはしません。

「へへへ……、もし、
 行き着くとこまで行ってお互い死んだとしても…、
 うちはでもなくて九尾の人柱力でもなくなってよ、
 何も背負わなくなりゃあの世で本当に分かり合えら!」

これも穿った見方をしてしまうと
真実に――ナルトの純な気持ちに気づけない台詞です。
うちはでもなく九尾でもなく、何の垣根もなくなったなら、
自然にNとSの二つは一つになる。分かり合えるということです。

「仲間一人救えねェ奴が火影になんてなれるかよ。
 サスケとは――オレが闘る!!」